140. 始まりの地
エマが目を開けると、目の前の光景に思わず息を呑んだ。
そこは、彼女が人間界にいた頃、家族とよく訪れたオーストリアのシュタイアーマルク地方。そののどかな自然が広がる草原だった。
「も、もしかして、また夢魔法……!?」エマは慌てて口にした。
「夢じゃない」
その声に振り向くと、隣には草原の上に横たわるルイがいた。
「ルイ、大丈夫!?」
エマの心配そうな声に、ルイはゆっくりと起き上がりながら答えた。
「大丈夫だ。ただ、さすがに飛びすぎたな……魔力をかなり消費した」
ほっと胸を撫で下ろすエマが周囲を見渡すと、ニヴェラとクロも近くにいた。そして、目に飛び込んできたのは見覚えのある建物――キャンベル夫妻のサマーハウスだった。
その時、サマーハウスの扉が突然開き、中からキャンベル婦人が愛犬マックスを連れて飛び出してきた。
「レオン様!」
婦人はそう叫びながら、慌てた様子で駆け寄ってくる。
「キャンベルさん……って、レオン様!?」
エマは驚いてその場に立ち尽くした。婦人は動けないルイの体を支えつつ、家の中へ案内し始めた。
家の中では、ルイがソファに横たわり、エマとニヴェラがテーブルに座っていた。愛犬マックスとクロは楽しそうにじゃれ合っている。
「ルイ……」
困惑するエマに対し、ルイは少し淡々と答えた。
「どうした?」
「キャンベルさんが、ルイのことを『レオン様』って呼んでたけど……」
「……言ってなかったな。キャンベルさんたちは俺の実父の古い友人だ」
「それって……つまり……」
「人間界で暮らす魔法使いだ」
「う、嘘でしょ……?」
エマが驚く中、キャンベル婦人が小さな瓶を持って戻ってきた。
「レオン様のことは、魔法界で何かあった時のために、お父様からお世話を任されておりましたのよ」
そう言って婦人は瓶をルイに手渡した。
「これは魔力回復薬です。お飲みください」
「ありがとう」
ルイは魔法薬を一気に飲み干した。
「俺が六歳の時、この辺りに飛ばされたのも、キャンベルさんたちがここにいたからだ」
エマが何か言おうとしたその時、ニヴェラが声を上げた。
「どうしてあのまま戦わなかったんだ? あの場にいれば奴らを倒せたはずだろ」
「ザイフォスって奴も、後から来ようとしてた奴らも、古代魔法具を持っていなかった。しかも、奴らは闇の魔力から作られた存在だ。本体であるノスヴァルドを倒さない限り、奴らは完全には消えない」
「そんな……」
エマが呟くと、ルイは少し間を置いて続けた。
「それに、イゼルナ支部の防御魔法を破壊して、さすがに動きすぎた。ここで一旦休んで、次の目的地を目指すぞ」
「やっぱり、目立ちすぎたんじゃ……」
エマが心配そうに言うと、ルイはわずかに笑みを浮かべた。
「気にするな。魔法連盟はプライドが高いからな。防御魔法が破壊されたことがニュースになるのを防ぐために、どんな手でも使うだろう。噂は広まるだろうけどな」
こうして、エマたちは、キャンベル婦人のもとで少しの間、体を休めることにした――次なる冒険への備えをしながら、束の間の安らぎを味わうために。