137. 邪悪な魔力
「静かすぎて、逆に怖いね……」
森の中を歩きながら、エマは小さく呟いた。木々のざわめきも鳥のさえずりもない不気味な静寂が、肌にじわじわと冷たさを染み込ませる。
「エルドラの迷宮森は、森を静めてしまえば危険は少ない」
ルイが淡々と答える。彼の穏やかな声だけが、妙に響いていた。
エマはふと立ち止まり、ルイを見上げて尋ねた。
「ねえ、どうして私に頼んだの?」
「何がだ?」
「森を静めることくらい、ルイにも簡単にできるでしょ?」
ルイは少しだけ微笑みを浮かべ、わずかに肩をすくめた。
「俺にとって、この森を破壊するのは簡単だ。でも、生きた森を静めるには、エマのほうが適していると思っただけだ」
その言葉に、エマは少し驚きつつも、唇の端を緩めた。
「……そっか」
ルイが見せるさりげない信頼に、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
やがて三人は森の中心部にたどり着いた。そこには苔むした古い台座がぽつんと置かれている。だが、その上には何もなかった。
「やはり誰かに先を越されていたか」
ニヴェラが苦々しい表情で呟く。
「そんな……ここまで来たのに……」
エマは肩を落とし、台座を見つめた。
「どうするんだ?」とニヴェラがルイに尋ねる。
ルイは台座にそっと右手を置き、目を閉じた。そして、何かを探るように呟く。
「ここにあったのは間違いない。微かに残る魔力の痕跡が……」
しかし、その言葉が終わる前に、突如空中に影が現れた。三人が振り返ると、筋肉質で長髪を束ねた男が宙に浮かんでいる。その全身からは、禍々しい魔力が放たれていた。
「誰……?」とエマが小声で漏らす。
男は邪悪な笑みを浮かべ、三人を見下ろした。
「エルドラの迷宮森であの強力な夢魔法を破り、ここまで来るとはな」
ルイは瞬時に杖を構え、冷静な声で言い放つ。
「お前、ノスヴァルドの手下だな」
その言葉に、男は感心したように目を細めた。
「へえ、よくわかるね。どうして?」
「以前、お前と同じ独特な魔力をまとった奴に出会ったからだ」
「ハッハッハ! すごい、いいねえ。気に入ったよ」
男は声高に笑いながらも、次の瞬間には真剣な表情に変わった。その目は鋭く、明らかな敵意が宿っている。
「俺はな、魔法界の支配なんか興味ない。ただ……強い奴と戦いたいだけなんだよ!」
その瞬間、男の体から邪悪な魔力が渦巻くように噴き出した。背後には巨大な鉄塊が出現し、その先端は鋭く光る刃のようだ。
「行くぞ……!」
男がそう呟いた次の瞬間、鉄塊が三人めがけて一気に飛んできた。凄まじい音と共に、空気が切り裂かれる。
「エマ、下がれ!」ルイが叫びながら、巨大な盾を展開する。
一方、ニヴェラは素早く変身を解き放ち、その鋭い爪で迎え撃とうとする。エマは震える手で杖を握りしめながら、目の前の異様な状況に必死で向き合おうとしていた――。