134. 違和感
エルドラの迷宮森に足を踏み入れた三人は、古代魔法具の眠る中心部を目指して進んでいた。
冷えた空気が肌を刺し、木々のざわめきが耳を満たす。足元の土はふわりと柔らかく、奇妙に生きているような感触だ。
ルイは険しい表情を崩さない。
「ルイ、大丈夫?」とエマが尋ねた。
「ああ……ただ、テンペスト・ソルヴィールの時と同じだ。ここに緑の古代魔法具があるとは限らない」
「え、それって……」
「レクス・ソルヴィールが反応していない。つまり、この場所にはない可能性が高い」
「誰かが先に持ち去ったかもな」とニヴェラが口の端を歪めてつぶやいた。
「とにかく中心部まで行って確かめる。それまでは結論を急ぐな」
ルイの言葉に全員が頷き、足を速めて進んでいく。
霧が濃くなる。葉のざわめきがまるで声のように耳元で囁く――
そして――
エマは、突然、自分がロンドンの実家にいることに気づいた。
柔らかなソファに沈み込み、心地よい暖炉の温もりが頬を撫でる。
「……あれ? いま……あれ?」
記憶が曖昧で、まるで夢の続きを見ているような違和感。
「エマ、そろそろ出かけるぞ」
振り返ると、黒のタートルネックを着たルイが立っていた。彼の表情は柔らかく、どこか親しげだ。
「出かけるって……どこに?」
「どこって、映画を観て、夜はレストランでディナーだろ? 約束してたじゃないか」
その言葉に、エマはますます混乱した。
「そ、そうだっけ……?」
「早くしないと間に合わないぞ」
「う、うん……」
ルイと外へ出ると、彼はエマの手を取り、指を絡めて手のひらを合わせてきた。
「えっ……?」
驚くエマに、ルイが首をかしげる。
「どうした?」
「いや、なんだか……普段と違う気がして……」
「いつも通りだろ? エマこそ、今日は少し様子が変だぞ?」
「そうかな……?」
違和感を抱えたまま映画館に到着すると、ルイとエマはポップコーンとジュースを買い、シアターに向かった。
指定された席に到着すると、それはカップル用のソファ席だった。
「ここ?」とエマは戸惑う。
「当たり前だろ?」とルイは微笑みながらエマの頭を撫でる。
(……なんだろう、この感じ。いつもと違う……?)
映画が始まり、シアターが暗くなると、ルイは自然な仕草でエマの腰に腕を回した。
「え……」
エマは驚きつつも、抗うことなく映画に集中しようとした。
上映後、二人はテムズ川沿いのビルにあるレストランへ向かった。窓際の席からは、ロンドンの夜景が美しく広がっている。
「こんな素敵な場所、どうやって予約したの?」
「たまにはいいだろう?」
「そうだね!」
ルイとエマは景色を楽しみながら、豪華なディナーを味わった。
食事を終え、自宅に戻ったエマは、両親の姿がないことに気づいた。
「お父さんとお母さん、どうしたんだろう?」
「旅行中だろう? 来週末まで帰らないって言ってたじゃないか」
「そっか……そうだったね」
エマは少し引っかかるものを感じながらも、シャワーを浴びに浴室へ向かった。
シャワーを浴びながら、エマは考え込む。
(……何かが違う……何か忘れてる……)
浴室を出たエマは、自室のベッドでぼんやりと横になる。そこにルイが入ってきた。
「ルイ、どうしたの?」
「どうしたのって……いつも一緒に寝てるだろ?」
「あ……そっか。どうぞ」
エマが横にずれると、ルイが隣に腰を下ろし、穏やかな声で言った。
「今日も楽しい一日だったな」
「うん……そうだね」
エマが微笑むと、暗闇の中でルイが優しく彼女の頭を撫でる。そして――
突然、唇が触れた。
(――えっ!?)
エマは驚きで体を固くしたが、声を出すことができなかった。胸の奥に広がる違和感と、この状況の奇妙さが、彼女の思考を埋め尽くしていく。