126. 炎と黒煙
夜――。
ルイとエマは同じ宿の一室で眠りについていた。隣の部屋には、頑なに「同じ部屋なんて絶対に嫌だ」と言い張ったニヴェラがいる。
部屋の時計が深夜二時を指した頃、エマはふと目を覚ました。
隣で寝ていたはずのルイの姿が、ない。
「ルイ……?」
静かな室内を見渡したが、やはり彼はいない。
そのとき、窓の外に目を向けたエマの視線が、遠くの夜空に煌々と立ち上る炎と黒煙を捉えた。
――西のリヴァース邸だ。
「嘘……!」
エマは慌ててローブを羽織ると、外へと飛び出した。
街の静寂を破り、全速力でリヴァース邸へ向かう。昼間、あの大きな橋を守っていた水の門番はいない。誰にも止められることなく、彼女は炎の中へと突き進んだ。
だが、邸宅はすでに完全に炎に包まれていた。
――そして、その上空に浮かぶ二つの影。
巨大な斧を肩に担いだ長髪の男と、冷たい眼差しの眼鏡をかけた短髪の男が、悠然と宙に漂っている。
地上にはボロボロの姿で倒れるルディアン。そのすぐ前で杖を構え、彼を守るように立ちふさがるルイ。
「アクア・ソルヴィールさえ手に入れば、もう用はない」
長髪の男が斧を振りかぶると、斬撃が何本もルイたちへと飛び込んだ。
――しかし、それらは瞬く間にルイの防御魔法でかき消された。
だがその隙に、男たちの姿は夜の闇へと消えていた。
「ルイ! ルディアンさん!」
エマは二人のもとへ駆け寄る。
「大丈夫!?」
「エマ……! すまない、火を消してくれ。俺はルディアンを治療する」
「わかった!」
ルイがルディアンに魔力を注ぎ込む間、エマは杖を掲げ、水の魔法で燃え盛る火を次々と消し去った。
やがて炎が静まり、辺りには再び深夜の静寂が戻った。
「まさか、本当に闇の魔法使いに襲われるとは……」
ルディアンは傷だらけの体を起こし、苦しげに息をつきながら呟く。
「しかも、アクア・ソルヴィールを……奪われてしまった」
ルイは唇を噛み締め、悔しげに俯いた。
「俺が、もう少し早く気づいていれば……」
「いや、君のせいじゃない。ルイくん、責めることはないよ」
ルディアンは痛みに耐えながらも、静かに首を振った。
エマが微笑みかけ、優しい声で語りかける。
「ルディアンさんが無事でよかったです」
ルイは険しい表情を崩さないまま、口を開く。
「さっきの奴ら……ノスヴァルドじゃなかった。だが、奴の手下で間違いない。一人はすでに闇の古代魔法具を持っていた」
「そんな……!」
エマの表情に動揺が走る。
ルイの瞳が暗い決意を宿し、夜の闇を見据える。
「これから先、より厳しい戦いが待っている」