121. 風
二週間後、ついにルイとエマ、そしてニヴェラが旅立つ日がやってきた。
早朝、ルイとエマは宿で眠っていた。エマは先に目を覚まし、ぼんやりと天井を見つめていたが――次の瞬間、視界が白い閃光に包まれた。
「えっ、なに――!?」
気がつけば、エマとルイ、さらにクロまでもが荷物ごと空中に投げ出されていた。下は雲海、風がびゅんびゅんと耳元を駆け抜ける。
「きゃああああっ!」
叫び声を上げるエマの隣で、ようやく目を覚ましたルイが冷静に呟く。
「そういえば、オルケードへの訪問者は、滞在期間を超えると自動的に結界の外に放り出される仕組みだったな」
「今さら!? もっと早く教えてよーっ!」
怒鳴るエマの声が空に響き渡る。急降下する彼らの足元から突然、大きな黒い影が膨れ上がった。エマが目を見張る間に、その影は彼女たちを受け止めた。巨大化したクロが、しっかりと空を滑空している。
「えっ、クロ! 飛べるの!?」
驚愕するエマに、クロは得意げに「ニャ~」と鳴いてみせる。
「怖かった……」 と、エマは涙をにじませながら呟いた。
ルイが空中に浮かんだ荷物を魔法でまとめ、エマもため息をついたその時、頭上から響く声がした。
「お前たち、一体何をやっている?」
ニヴェラだ。彼女は結界の外に静かに立って、落下する彼らを見下ろしていた。
「空から落ちてたんだ」とルイが淡々と返す。
ニヴェラは眉をひそめた。
「そんなことをする暇があるなら、次の目的地を決めろ」
ルイはクロの背中で荷物を整えながら答えた。
「次は緑の古代魔法具――『ヴァイン・ソルヴィール』だ。だが、その前に、リヴァースという男に会いに行く」
「リヴァース?」
「水上都市リュミナールに住む。彼は水の古代魔法具『アクア・ソルヴィール』を持っているはずだ」
「奪うのか?」
「いいや。簡単に渡してはくれないだろう。話だけしておく」
ニヴェラはしばらく黙った後、遠く地平線の方を見つめた。
「ここから南へまっすぐ飛べばすぐに着くだろう」
「ほんと?」エマが顔を輝かせると、ニヴェラは口の端を上げ、「風のように進めばな」と呟いた。
「準備はいいか?」
ルイとエマが返事をする間もなく、ニヴェラは光の翼を展開した。脚は猛禽類のように変わり、二人とクロを抱えながら、空を超高速で突き進む。
圧倒的な速度に息もできないエマが、ようやく視界を取り戻したころ、ニヴェラが言った。
「見えてきたぞ」
リュミナールの水面にきらめく光の都が、目の前に広がっていた。