119. ニヴェラ・カリスト
ソレイナの殿堂に戻ると、ニヴェラと出会った部屋にゼファンが立っていた。彼の背後の窓からは、雲海が赤く染まり始めている。
「テンペスト・ソルヴィールは無事か?」
ゼファンが静かに尋ねた。
「はい、私が持っています」
ニヴェラは胸元に手を添えながら答える。
ゼファンは満足げにうなずいた後、重々しく言葉を続けた。
「ならば、ニヴェラ――今日をもって、お前はオルケードの守護者を退くのだ」
ニヴェラの目が見開かれる。
「な、何をおっしゃっているのですか?」
「オルケードを支える守護者はお前一人ではない。他の者たちがいる」
ゼファンは穏やかな声で言ったが、その言葉には揺るぎない決意が込められていた。
「これからは、ルイくんとエマくんと共に古代魔法具を集める旅に出よ。テンペスト・ソルヴィールは、お前が責任をもって最後まで守るのだ」
「しかし! 他の守護者たちの魔力はまだ安定していません。今のままでは、この国を雲の上に――」
「心配するな。その間は私が何とかする」
ゼファンは微笑みを浮かべた。
「でも……なぜ私が?」
ニヴェラの声は戸惑いと困惑に満ちていた。
ゼファンは静かに彼女を見つめた。
「お前にしか頼めないのだ。そして――」
一瞬間を置き、柔らかい口調で続けた。
「外の世界を見て、学んできなさい。すべてが終わったら、またここに帰ってくればよい」
ニヴェラは息をのんだ。かすかな動揺が表情に浮かぶが、言葉にはならなかった。
ゼファンはルイに目を向ける。
「ルイくん、君なら仮にすべての古代魔法具を持っていても、その力を支配できるだろう。しかし――」
その声には警戒と忠告の響きがあった。
「力を一人に集中させるのは危険だ。旅の中で何が起こるかわからない。だから、テンペスト・ソルヴィールは最後の決断の時までニヴェラに持たせてほしい。この子なら、魔力に飲み込まれることも、悪用することも決してない」
「……わかりました」
ルイは静かにうなずいた。
ニヴェラもまた、意を決したようにゼファンの言葉を受け止めた。
「私にできる限りのことをします。ですが――」
ルイに視線を向けると、わずかに口角を上げた。
「この旅、長く険しいものになりそうですね」