110. 裏切り者
傷は治ったものの、ルイに「今日は安静にしていろ」と言われたエマは、しぶしぶベッドに横たわり、ふかふかの枕に頭を埋めていた。
部屋の片隅では、椅子に腰掛けたルイが自分の体に回復魔法を施している。
「これぐらいなら、少し休めばすぐに治りそうだ」
「ありがとう、ルイ。本当に……」
ルイは短くうなずき、話題を切り替えた。
「拐われたときのこと、何か覚えているか?」
「……急に目の前が真っ暗になって……誰に拐われたのかは、わからないの」
「そうか」
ルイの表情がわずかに険しくなる。
「だが、アルカナ魔法学校の中に、闇の魔法使いと繋がっている奴がいるのは確実だ」
「やっぱり、そうなんだ……」
「間違いない」
ルイの声には確信がこもっている。
「アルカナ魔法学校の防御結界は強力だ。普通なら、関係者以外は入れない。エマを拐った奴は――おそらく、教授か学生だ」
エマは言葉を失った。学内に裏切り者がいる――それは、想像もしたくない事実だった。
「まさか……学校にそんな人が……」
「俺も予想していなかった。すまない」
「ルイのせいじゃないよ!」
エマは勢いよく頭を振る。その必死な姿に、ルイはほんのわずか、口元を緩めた。
「ノスヴァルドには俺の素顔は知られていない。それに、俺が古代魔法具を持っていると知っているのは、学内では学長とカイ・ファルディオンだけだ。だから、俺が狙われる可能性は低い」
ルイの目が真剣にエマを見据える。
「問題は……エマだ。素顔が知られてしまった上、才能に目をつけられている。今のままだと、また危険な目に遭う」
エマは、ぎゅっと拳を握りしめた。
「うん……わかってる」
「しばらく素顔がわからないように魔法をかける。いいか?」
エマは少し考え、それからしっかりとうなずいた。
「お願い……」
ルイは杖を取り出し、短く呪文を唱えた。
「メタモルフォーゼ・ジュヴェヌス」
すると、エマの体がじわじわと小さくなり、幼い姿へと変わっていく。やがて、かつての5歳の自分の姿がそこにあった。
「な、なにこれ!? 小さくなっちゃった!?」
エマは自分の手を見下ろし、唖然とする。
「これなら、旅人の兄妹に見えるだろう?」
ルイはいたって冷静だ。
「てっきり……性別を変えられるのかと思ってたのに!」
「エマを男にはしたくない」
その言葉に、エマは一瞬絶句した。顔が真っ赤に染まる。
「そ、そう……」
床に足も届かない短い脚をぶらつかせながら、エマはため息をついた。袖から大きく余った布が垂れ下がり、肩までずり落ちそうな服の重みを感じると、なんとも言えない不思議な気分に包まれた。