109. 乱暴な回復魔法
しばらくして、エマはゆっくりと意識を取り戻した。頭の中でぼんやりと霧が晴れていくような感覚。奇妙なほど体が軽く、激しい痛みはどこかへ消え去っていた。
かすかな温もりと柔らかな感触――それに気づき、エマは目を開けた。
目の前にはルイの顔があり、彼の唇が自分の唇に触れている。
「……!」
驚きに息をのみ、体がこわばる。しかし、ルイの唇は優しく離れていき、その瞳が安心させるようにエマを見つめた。
「目が覚めたか?」
ルイの声は落ち着いていたが、その額には汗が滲み、こめかみから血が流れていた。
「もう痛くないだろう?」
「う、うん……でも、ルイ……血が出てる……!」
エマは手を伸ばし、彼の傷に触れようとしたが、ルイは軽く首を振った。
「大したことない。これくらい、すぐに治る」
彼の口元に浮かぶ微笑みは、確かな自信に満ちている。
「ルイ、それって……もしかして……」
エマの言葉は震えていた。
「エマの傷を俺に移した。少し乱暴な回復魔法だが、即効性がある」
唇を介して相手の傷を吸い取る回復魔法――その事実に、エマの胸の奥がじわりと熱くなった。
「ありがとう、ルイ……でも無理しないで。お願いだから……」
ルイはエマの額にそっと手を置いた。
「大丈夫だ。エマを守るのが、俺の役目だ」
言葉の一つひとつが、心に深く染み渡る。
エマは不意に周囲を見回した。木目の温もりを感じさせる壁、古びたが整った家具――宿のような場所だ。
「ここ……どこ?」
「雲の上に浮かぶ国、オルケードだ」
ルイは窓の外を指差した。見下ろすと、島の彼方に青空が広がり、遠くには輝く雲海が続いていた。
「エマが囚われていた島のすぐ上を飛んでいたんだ。本当に運が良かった」
彼の言葉には安堵の色が混じっていた。
エマはその風景を目にしても、まだ半信半疑だった。
「空を……飛ぶ国?」
「そうだ。ここならしばらく安全だろう」
その言葉に、エマの心に初めて本当の平穏が訪れた。