104. 恐怖
エマが意識を取り戻したとき、まず感じたのは冷たい硬い床の感触だった。
目を開けると、ぼんやりとした暗闇の中にうっすらと光が見える。しかし、それはすぐに消えてしまい、再び真っ暗な世界に引き込まれた。
「ここは……?」
体を起こそうとするが、力が入らない。首や手足が鉛のように重く、自由に動かせないことに気づく。冷や汗が一気に流れ出す。
「クロ……?」
声を出してみても、やはり返事はない。ただ自分の声だけが静かな闇の中に響く。周囲に何も聞こえず、ただ静けさが支配している。
「どうして……」
エマは息を呑み、震える手を試しに動かしてみるが、思った通り、体がまったく言うことを聞かない。その時、どこからか微かに響く足音が聞こえてきた。だが、すぐにそれも途切れ、また静寂が戻った。
その足音が再び近づくと、エマは必死で目を凝らす。しかし、その先に見えるのは一つの影。ひとりの人物が、ゆっくりとエマの方に歩いてくるのが見える。その人物は無言でエマを見つめ、何も言わずに立ち止まった。
漆黒のローブをまとい、顔はフードで隠れていて、まるでその姿が夜そのもののように感じられる。エマは恐怖を感じ、思わず後ろに体を縮めようとするが、動けない。
「誰……?」とエマが声を絞り出すと、その人物はゆっくりと口を開いた。
「目を覚ましたか」
その声はどこか冷たく、無機質で、エマは胸の中で何かがひっかかるのを感じた。
「あなたは……?」
エマが恐る恐る問いかけると、その人物は微笑みを浮かべたが、その笑みはどこか不自然だった。
「君のソルヴィールは珍しい色をしている。人間が魔力を鍛えると面白いことが起きるようだ。君がどれほどの力を持っているのか、まだ見極めていないが、私たちの計画には必要な存在だ」
「計画……?」エマは混乱し、思わず口を震わせた。「あなたたちって……」
その人物は無言でエマを見下ろし、やがてゆっくりと答えた。
「『ノスヴァルド』の命令だ」
その言葉を聞いた瞬間、エマの胸に激しい衝撃が走った。
ノスヴァルド——彼女が学長から聞いたあの名前。あの魔法使いが、何かしらの形で関与しているとは思っていたが、まさか自分がこのような状況に巻き込まれるとは考えてもいなかった。
「なぜ私を……」
「お前が持つ力が欲しいのだ。それに、ヴァルディアで君と一緒にいたルナって女が我々の大事なフレア・ソルヴィールを持ち逃げしただろう? 返してもらうよ。必ずね」
その言葉がエマの頭に響く。彼女は必死に思考を巡らせた。今すぐにでもその場から逃げ出したい。しかし、体が動かない。恐怖と無力感に胸が締めつけられ、声を出すことすらできない。
「さあ、少しだけ待っていてくれ。君の運命は、もう決まっている」
その人物は冷たく言い放ち、ゆっくりと後ろに下がった。
エマはその言葉に、心の中で必死に反応する。自分はまだ諦めたくない。