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1. 門出

 「ふぅ、こんなもんかな」

 穏やかな春の日、ファヴール共和国南部の農村でワイナリーに従事するカミーユはブドウの芽かき作業をしていた。

「おっと、ここも取っちゃったほうが良さそうだな」

 ブドウの木に棲む精霊を魔法で操作し、余計な芽を切り離す。

 枝を動かして成長しやすいようにする誘引の作業もできるので、適性が無いなりに頑張って習得した甲斐があるというものだ。

 学校を卒業してから、両親が経営するワイナリーの手伝いを始めて、4年になる。

 幼い頃から両親の仕事を見てきたカミーユにとって、この仕事は生業である。

「もうこんな時間か。今日はあいつらに魔法を教えてやる約束だから、そろそろ切り上げるか」


 カミーユの暮らす村は小さな共同体で、子供の教育は地域総出で行う風習である。

「カミーユやっと来た!はやく見てほしかったの!」

 村の教会の前には二人の子供が集まっていた。

 10歳ほどの彼らには魔法の基礎を教科書通りに教えてもつまらないだろうから、カミーユは実践を見せてとにかく練習!という方針で教えている。そもそも学校の勉強が苦手だったカミーユにとって魔法の仕組みを正確に教えるのは難しかった。

「ちょっとは上達したか?見せてもらおうじゃないか」

 カミーユが教えているのは土の生成魔法だ。人にはそれぞれ適正魔法があり、適正のある魔法は自由度が高く魔素の燃費効率が良い。カミーユは土の生成魔法に適性があった。

「見ててね…。ほらっ!」

 子供の一人が魔法を発動し虚空に土の塊が現れた。

「それから?」

「それからこう!」

 虚空に現れた土の塊はレンガの形になり、地面に落ちて崩れた。

「あ~あ。また崩れちゃった」

「でも形は完璧だったよ。結構練習したんだな」

「えへへ」

 カミーユが褒めると子供は嬉しそうに笑った。

 二人の子供にはこの魔法の適性はない。適性のない魔法は上達するのが難しく習得するのにも一苦労する。

「次の課題は密度…っていうか、土の固め具合だな」

 子供を相手に物事を教えるときは語彙が制限されるので、カミーユは少しもどかしく思う。

「カミーユ、またお手本見せてよ」

 もう一人の子供がそういうので、カミーユは魔法を発動してやった。

「おし!見てろよ~…それっ!」

 虚空に現れた大量の土が一瞬にしてまとまり、兎そっくりの土人形になり、地面にゆっくりと着地した。

「すごい!うちの畑に出てくる兎にそっくり!」

「今朝見かけたんだ。それより見てたか?硬い土の塊にするには少し小さく出来上がるくらいがいいんだよ」

 カミーユは作ったうさぎの土人形を浮遊させ、2mほどの高さから落下させた。

 ゴトッ。人形は少し欠けた。

「欠けてんじゃん」

「まあ絶対欠けない代物ってのは土には無理だな」

 床に転がったうさぎの土人形は霧散した。生成魔法で生成された物質は時間が経つと消えてしまう。

「でも硬さの増し方は分かっただろ?見ててやるからハイ練習!」


「もう日も暮れてきたしおしまいにしよう。おまえらも疲れてきただろ?」

「うん、疲れたー。カミーユ、また教えてね!」

「ああ、お前ら気を付けて帰れよ。寄り道して遅くなるとエルフに攫われて食べられちゃうからな」

「もうそんな話信じる歳じゃないよ!またねー!」

 背を向け帰っていく二人の子供を見届け、カミーユは岐路に着いた。


「ただいま」

「おかえり。もうご飯は出来ているよ」

「わかった。父さんを呼んでくるよ」


 今日の晩御飯はテラディシュ入りのスープとサラミ、チーズだった。

「最近聞いてなかったが、ブドウの様子はどうだ」

「いつも通りだよ。獣害も特になし」

「最近うちには来ないわねえ」

 カミーユが学校を卒業してからというものの、農園の管理はカミーユの仕事になっていた。母親は家事と家計管理、父親は従業員と共にワインの醸造・管理を行っている。2個下の弟は首都の学校に通うため下宿して、そのまま街で働き始めてしまった。


 他愛もない話をしていると、カミーユの父が突然深刻そうな顔をして話し出した。

「カミーユ、お前に徴兵の通達が来たんだ」

「なんだって、徴兵?」

 母も居住まいを正し、一気に真剣な空気になった。

「この国に徴兵制なんてあったの?学校では革命で廃止されたって習ったけど、それ本当?」

「どうやら戦争が始まったらしい。この村では誰も政治なんて興味がなかったから知らなかったが」

 生まれてから村をほとんど出たことのないカミーユは、戦争というものの想像ができなかった。

「家のことは心配するな。実はお前に農園を任せて楽をしていたものでな。お前なら、軍隊でもうまくやっていけるよ」

「ああ...」

 父親はいつものように軽口を叩いていたが、両親とも浮かない顔だった。


 どうやら国境近くの都市で身体検査を行った後に兵営へ入るらしい。この村から遠く離れた都市のため、検査の日に間に合うように村を発った。村から徴兵されるのはカミーユひとりであった。当日は村の人たちが総出で見送ってくれた。

「カミーユ、帰ってきたらまた魔法教えてね!」

「病気しないようにねー!」

「小さかったカミーユが立派になって…」

 心細かったが、自分には帰る場所があると言い聞かせてカミーユは村を出た。

「それじゃあ、いってきます」

・テラディシュ:魔素を豊富に含む根菜。ラディッシュと非常に似ており、掘り返して根を確認するまでどちらかわからない。肥大化した黄色の根を食用とし、世界の食卓で広く用いられている。


魔素については後々明かします。

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