第17話 絵は文字ほどにモノを言う
「パメラ、ワタクシと一緒にエロゲを作りなさい!」
ワタクシは学園聖堂の祭壇の前でそう勧誘する。
「エ、エロゲ……?」
目の前のパメラは昨夜のジゼルと全く同じ顔をしている。
そう、技術的問題も市場的問題も、解決するにはパメラが必要不可欠なのだ。
すなわち優秀な絵師の存在が!
エロゲを作るためにキャラデザ、立ち絵、背景、イベントCGが必要なのは言うに及ばず。
文字が読めない消費者たちを啓蒙するためには絵が必須なのだ!
ワタクシの野望のために、パメラを何としてでも仲間にしなければならない!
「エロゲとは真実の愛の物語。それを人々に追体験させる究極の芸術作品ですわ!」
ワタクシはジゼルの時と全く同じようにエロゲの素晴らしさを説こうとした。
「う、うん。エロゲが何かってのも気にはなるけどさ……」
だがそれに対するパメラの反応はジゼルとは異なるものだった。
「ツェツィが私と? ……ホントにいいの?」
それはエロゲではなく、ワタクシ自身に対する戸惑いだった。
「私を許してくれるの……?」
その一言でワタクシはやっとパメラの懊悩に気が付いた。
パメラは、ワタクシがずっと五年前のあの日のことを、大怪我させられたことを怒っていると思っていたのだ。
「フフッ……。まったく、おバカさんね……!」
ワタクシはパメラの可愛らしい勘違いに嘆息した。
吐息にはほんの少しの喜びが混ざる。
そして上着に手をかけ、一息に脱ぎ棄てた。
ワタクシのおへそが露になり、パメラが思わず目を覆う。
「えぇっ、ツェツィ!?」
「よく見てご覧なさい! 貴女、こんなちっちゃな傷のことを未だに引きずってますの?」
ワタクシは左脇腹のほんの小さな傷をパメラに見せつける。
「あの日のことなんてとっくに許してますわ! ワタクシが怒ってるのは、貴女がワタクシに遠慮することよ! ワタクシのことを思うのなら、ワタクシには素直になりなさい!」
長年の誤解を晴らすべく、頭を打って気づいた本心を素直に打ち明けた。
パメラが構ってくれなくなって拗ねていた、などとは聞こえぬように。
精一杯の意地を張りながら。
「ツェツィ……!」
「嬉しい! これで仲直りだね!!」
パメラは子供の頃の様な無邪気な笑顔を見せると、再び思い切り抱き着いてきた。
するとパメラからえも言われぬいい匂いが漂い、柔らかな胸の感触を肌に感じる。
「だ、だから、大袈裟! 大袈裟ですわ!」
ワタクシの中のオッサンがみっともなく騒ぎ出してまた顔が熱くなる。
ワタクシが必死にもがくとパメラは名残惜しそうにしながら離れていった。
「ふ、ふぅ~~~~。ふぅ~~~~~~~~~!」
パメラに解放されて、まずは冷静になるために大きく深呼吸をする。
こ、これはマズいですわ……!
昨日も自分の裸体を拝んで感じたことだが、オッサンが混ざったせいでとんでもなく女体耐性が低下している。
なんだかよくわからないが、とにかく女としての危機を感じる!
しかしそんなワタクシの悩みを知らず、パメラは嬉しそうに問いかけてくる。
「それで何して欲しいの? お詫びと思って何でも言うこと聞いちゃう!」
「なんとも軽い何でもですこと。まあワタクシとしては好都合だけど」
よし、釣れた!
ここで一気に畳みかける!
「貴女、あの日から引きこもりになって、素敵な絵を描くようになりましたわね?」
「あっ」
「あっ、って。そのあっはどんな感情ですの?」
「い、いや、ごめん、とりあえず続けてみて……」
「なんですの? まあいいわ。エロゲは真実の愛の物語。でも物語だけでは足りないモノがありますの。彩りが、迫力が、登場人物のリアリティが。わかって?」
「う、うん」
「だからパメラ、エロゲの専属イラストレーターになってくれませんこと?」
「ご、ごめんツェツィ! それは無理!」
「え? ちょ、ちょっと! さっき何でも言うこと聞くって言ったじゃない?」
「あっ、言った。言ったけどそれはまた今度でお願い! 一回パス!」
「貴女、食堂でのやり取りと全く同じことをしてますわよ! 学習しませんの!?」
「あっ、ツェツィ! 知ってるってことはやっぱり聞いてたんじゃないか!」
「それはもういいでしょう!? それより納得させる理由をおっしゃい! 素人の言い訳は結構だからね!」
ワタクシが捲し立てると、パメラは少し俯いて申し訳なさそうに答えた。
「もう先約がいるんだよ……」
「リオの新聞の絵を描く約束をしたんだ」
「………………そう」
その一言でワタクシは全てを察した。
「…………あの後、食堂でワタクシが去った後にそう約束したのね?」
「うん。ツェツィにリオの夢を認めてもらいたくってさ」
身から出た錆とはこのことだ。
頭を打つ前のワタクシが、フラウ・エルネストの夢を嘲笑ったからだ。
お陰でワタクシの最高の友達は、ワタクシの下から離れて行ってしまった。
「だからツェツィ、すまないけどエロゲの絵は描けない。リオの夢を応援したいんだ」
「……わかったわ。……フラウ・エルネストによろしくね」
「ツェツィ……、ホントに頭を打って変わったよね……ごめん」
パメラが謝る。
まったく。
ワタクシが自分のせいで変になったとまた責任を感じてますのね、この子は。
「……謝らないで頂戴。ワタクシがすべて悪いのだから。だから、今回は諦めるわ────」
「……ごめん」
「────とでもワタクシが言うと思って?」
「え?」
ワタクシはニヤリと笑って声を上げる。
自分の計画通りに事が運んでいる喜びとともに。
「パメラが新聞の絵を描く気なら、ワタクシはそれで一向に構いませんわ!」
「えぇッ!?」