第16話 異世界エロゲの大問題
「エロゲをこの世界の住人に楽しんで貰うには、大きく分けて二つの問題があるの」
ワタクシはジゼルを生徒としてエロゲを完成させる道程を講義し始める。
「まず一つ目は技術的問題ね。そもそもエロゲ自体を作ることが難しいということ。シナリオはワタクシが書くとして、他に絵を描く者、音楽を奏でる者、あと商品として量産する技術が必要ね」
そう、この世界の科学技術ではエロゲの完全再現は不可能だ。
そして、オッサンにもエロゲを作れる程の科学知識は無い。
座して待てば現代日本の水準まで技術が進む前にワタクシの寿命は尽きるだろう。
では前世の進んだ科学技術の代替となるものは何か?
それは、間違いなく魔法だ。
エロゲに必要な技術の大半は魔法で代用することとなろう。
「一番の難題は、どうやって場面に合った音楽を流すかという点でしょうね」
「物語に干渉することで結末が変わるというのが一番の難題ではないのですか?」
この世界の住人らしい可愛らしい疑問がジゼルの口から飛び出す。
「ええ、実はその解決は容易なの。選択肢①を選んだら①に対応するページへ、選択肢②を選んだら②に対応するページへといった作りにすれば、一つの本でも読者ごとに異なるページの辿り方ができる。つまり展開と結末を読者が変えることができるようになるのよ」
「なるほど、そんな技術があるのですね」
ああ、ゲームブックと一言で説明できないことがもどかしい。
同時に前世の自分も恵まれていたのだと実感する。
科学の進んだ時代に、娯楽に溢れた飢えのない世界に居たのだと。
「しかし、王立図書館でもジゼルはそのような書物を見たことがありませんが……」
そしてやはり賢いジゼルは感づいてしまった。
ワタクシの知識が異質だということに。
この先ジゼルとエロゲを一緒に作るにあたって、現代日本の知識を披露する機会はこの先星の数程あるだろう。
前世のオッサンのことは隠すとしても、ある程度の真実を話すことがジゼルへの信頼だ。
「そうね、実はこの技術もエロゲも夢の中のワタクシが知っていたモノなの」
「夢の中のツェツィ様の知識……?」
「これは二人だけの秘密よ。皆にはワタクシが思いついたモノとして振る舞って頂戴ね」
「承知しました。このジゼル、命に代えましても口外はいたしません」
「一々約束の覚悟が重いわ、もっと気楽にできませんの?」
「ツェツィ様のコトに加減せず全力で取り組むことが、ジゼルにとって一番の気楽ですので。お目こぼしくださいますと幸いです」
「ま、まあ貴女がそう言うのならいいのだけれど……」
心強い味方には違いないのだが、ジゼルの一途さには少し怖くなる時がある。
「さて二つ目は市場的問題ね。エロゲの鑑賞者となるこの世界の住人はまだエロゲを受け入れる用意が出来ていないということ。端的に言えば新しすぎるモノは売れないのよ。良いものや正しいものが必ずしも大衆に受け入れられるわけではないの」
そう、ガリレオの地動説がキリスト教世界で頭ごなしに否定されたように。
早すぎたインターネット対応家庭用ゲーム機がハード戦争で惨敗したように!
かつてエロゲが忌避され、しかし20年を経てソシャゲが一般大衆に普及したように!
どんなに優れた思想も物品も、消費者である大衆の常識が許容できる範囲のモノでなければ市井には受け入れられない。
それは前世の知識で痛い程よくわかっていた。
「恐れながら、良ければ良い程良いのでは? 結末の選べる音が出る絵本、ジゼルはトキメキますが?」
ジゼルの当然の疑問にワタクシは答える。
「ジゼル、ワタクシたちは幸い貴族の一員ですわ。それゆえ当然の如く読み書きは熟知しているわね? でもこの世界の連合統一文字の識字率はどのくらいかしら?」
「人間、エルフ、ドワーフの三種族に絞れば多くて四〇%といったところではないでしょうか。貴族、兵士、神官、商人、芸術家、魔術師、冒険者は読めるであろうと仮定した場合ですが」
「ただ魔族同盟側となると間違いなく一%未満でしょう」
「流石はワタクシのジゼルね」
ワタクシは内心ホッとしながら満足の笑みを浮かべてみせる。
ジゼルが優秀で本当に助かる。
自分で聞いておいて具体的数字は全く知らなかった。
室内の文明レベルから想像していたよりも連合側の識字率は高いようだ。
先の人魔大戦と活版印刷の発明が効いているのだろう。
だが問題は魔族同盟側の識字率だ。
種族の知能の差もあるが、仇敵である人類連合への忌避感が連合統一文字の学習の妨げになっている。
「なるほど、つまり文字が読めない時点で連合市民でもエロゲを楽しめる者は二人に一人以下、魔族では百人に一人もいないということですね」
「そう、理解できたわね。まだこの世界にはエロゲの需要自体が無いということが」
「はい。結末の選べる音が出る絵本を出版したとしても、楽しんで貰える人はごく限られるということがジゼルにも分かりました」
ジゼルが少し残念そうな顔をして納得を口にする。
「しかし、でしたら我々はこれから何をするのですか?」
「ワタクシたちはこれからエロゲを作る体制を整えつつ、消費者の啓蒙も図らなければならない。でもどんな道を辿るとしても絶対に必要なことがあるわ」
「それは一体……?」
「そんなの知れたこと――」
「──手始めにパメラを口説き落としますわよ!」