第12話 中の人などいない!
「信じられない!」
再び感情が零れる。
それは、売れない物書きで負け組だったオレが、こんな勝ち組美少女に転生するなんてという歓喜
──などでは決してない。
人類の至宝のワタクシの前世が、あんなくたびれたオッサンだったなんて! という悲哀の叫びだ。
さっきは寝起きの混乱で、自分がオッサンであるかのような錯覚に陥っていたが、とんでもない!
頭を打ったワタクシが、ただ思い出したんだ、前世の三十年分の記憶を!
「ワタクシは断じてオッサンじゃありませんわ!」
美咲との約束を果たせなかったこと。
世に代表作を残せなかったこと。
オッサンの心残りも確かに記憶にある。
だが前世は前世だ。
例えるなら三十年分の実録映画を見終えた直後のようなもの。
記憶が蘇ろうとも、ワタクシがオッサンになるハズがない!
……しかし、記憶だけとはいえ、体感時間における人生の比率は三十年対十五年。
今や脳内はオッサンが三分の二を占めている。
──やはり、ワタクシは最早オッサンなのでは?
「い、いえ! 頭を打っただけでオッサンになったらたまりませんわ!」
叫びながら鏡を見る。
映るのはいつもの自分、漆黒の長髪をした紅い瞳の完璧美少女だ。
「ワタクシはワタクシですわ!」
その事実を確かなものとするため、まずはワタクシが何者なのかを再確認しよう。
「ワタクシはツェツィーリエ=フォン=ノイエンドルフ。人間の勇者の一人娘で公爵令嬢。エルフの魔法使いの直弟子。王室剣術免許皆伝。フリーデンハイム学園紅玉クラス代表。人類の範を示し、平和を築き、大魔王の楔となる者。ジゼルの主で、パメラの友──」
そこまで言葉にした瞬間、脳裏にパメラの顔がチラついた。
『リオは最高の友達だよ』
パメラの言葉が頭の中で反響する。
そして、今日パメラに自分がした仕打ちを思い出す。
ジゼルに水を零させて、パメラの最高の友達の夢を汚した。
「そうね、これでどの口が友達を名乗れるのかしらね……」
どんなバカげた夢でもそれを笑うことなど、前世の自分が最も嫌悪することに他ならなかった。
思い返せば今日の事だけではない。
パメラにはこれまで幾度となく嫌がらせをしてきた。
ワタクシは公爵位を与えられた直後の勇者の娘として生まれ、戦後平和の反動で、蝶よ花よと愛でられた。
加えて母譲りの美貌に父譲りの才能。
天才だ、人類の至宝だとおだてられ、培われた性格はまさに傲岸不遜。自らの非を少しも疑わず、省みず、全ての他者は自分の飾り程度にしか思っていなかった。
そして、年々その傾向は輪をかけて酷くなった。
それは『安寧を欲さば、まず力を求めよ』という師の教えに心酔した時からか。
それとも五年前のあの日、ワタクシが大怪我をしてパメラが本気を出さなくなった時からか。
「ワタクシ、ツンデレでしたのね……」
前世の記憶を利用した自己評価が思わず口を突いて出る。
有象無象の中で唯一自分と比肩すると認めていたパメラに自分は自覚無く執着していたのだ。
彼女が塞ぎこんだことに責任を感じて。
最高の友達が離れることに寂しさを感じて。
嫌がらせをしたのも、フラウ・エルネストにいたずらしたのも、全てはもう一度パメラに振り向いて欲しかったから……。
「ああああああああああ! バカバカ! ワタクシのバカ!」
自分の深層心理に気づいて赤面し、叫びながらシーツをぐしゃぐしゃにする。
あ、辛れぇですわ、コレ。
突如自分の中に現れた三十路のオッサンが、リアルタイムで黒歴史を増産中の自惚れた十五歳の小娘を客観視してくる。
そして思い出すあまりに自己中で非生産的な悪行の数々。
ジゼルに押し付けてきた理不尽な命令、ラファエル先生を顎で使う、舐めきったフリーデンハイム学園新入生代表挨拶、魔族への数々の差別発言、魔術学で先生の講義を横取り、ルーヴェンブルン王にタメ口、御前試合で剣を片手持ち、無害なドラゴンをわざわざ挑発、商都の服屋で棚ごと購入、冒険者組合主催のミスコンテストをドタキャンetc……。
ジゼルたちがお礼程度で驚くのもさもありなん。過去の所業の全てが、一斉に羞恥心に放火を始めた。
特大の精神ダメージを受け、ワタクシはベッド上をのたうち回る。
「ま、まずはジゼルとパメラとフラウ・エルネストに謝りませんと……」
ひとしきりベッドの毛玉取りの真似をし終えてワタクシは我に返る。
父に言われるがままに入学したこの学園でも、散々魔族いじめをしてきたし、教師陣にも舐めた態度をとってきた。
つまり、今の自分はまさに学園の悪役令嬢といったところか。
オッサンの常識を得たワタクシは今までの驕り高ぶった自分を反省し、過去を清算して分別ある淑女になろうと決心したのだった。




