道化
私は、ある境に己自身を忘れてしまった。
好きで忘れたのではない。ほんの少しのことで、忘れてしまったのだ。
*
私は、極度の人見知りで、赤の他人とは会話が難しく、小学生のころとある特別支援学級に通っていた。そこでは、友達もでき、案外楽しく過ごせていた。だが、普通教室に戻ると、必ず教師やクラスメイトが私に対し、特別扱いをしてくる。それでも、友達は普通にいた。
しかし、小学六年生の時。私は、友達だと思っていた子たちにこう言われた。
「柚木ちゃんがちゃんとしていないから」
と。これは運動会の練習で、組体操の練習の終わりの際に陰で言われていたことだ。私は一番下である土台部分だったのだが、その日に限ってうまく出来ずにいた。誰が悪いとかないはずなのに、全責任を私に擦り付けていたのだ。偶々、私は友達だと思っていた子たちがそんなことを言っていた場面に遭遇してしまい、その場で泣き崩れてしまった。私の鳴き声が聞こえ、その子たちが私の元へ駆け寄ってきて、聞かれていたことに気づいたのか、はっきり言えばいいものの、「柚木ちゃんのせいじゃないよ」と誤魔化してきたのだ。それも、「柚木ちゃんじゃなくて○○ちゃんのせいだよ」と、今度はこの場にいなかったクラスメイトのせいにし始めたのだ。
この瞬間、私の中で【友達】としての概念が分からなくなっていった。
*
中学生になり、家からに十分ほどで着く中学校に通うこととなった私は、またもや特別支援学級に通いながら、今度は普通教室を中心に生活していくことになった。高校進学のためだからだ。新しいクラスメイト達と過ごせることが楽しみだった私だが、ある日、科学の授業でグループ活動をすることとなり、四人グループで私以外の三人は同じ小学校だったらしく、仲良く会話をしていた。私は、その会話に耳を傾けながら、授業に参加していた。その会話が面白く、私は小さくクスッと笑ってしまった次の瞬間、そのグループの中に一人の男子生徒にこう言われた。
「何笑っているの?」
と無表情で言われてしまった。元々私は、友達に笑うと気持ち悪いとか、顔が怖いと言われていたため、笑ってはいけないんだと改めて思ってしまい、心を許せる人にしか笑わなくなってしまった。そのせいと、特別支援学級に通っているせいなのか、やはり教師たちから【特別扱い】をされてしまい、クラスメイト達からねたまれるようになった。
だが、不思議に思うことがある。なぜ、同じ特別支援学級に通っている子たちはいじめられず、ねたまれず、私だけ階段から突き落とされたり、陰口を言われたり、嫌味を言われたりするのだろうか?
普通教室の担任にある言葉を言われたことは、今も鮮明に覚えている。
「藤堂は心の病気だ」
人見知りは心の病気なのか? 人と会話をするのが難しいのは病気なのか? その一言で私は、自分が病気なんだと思い始めてしまった。その前から障害者だと知っている私は、【心の病気】と言うワードに敏感になりつつあった。いじめられていても、教師たちは見て見ぬふり。体も弱く、喘息持ちである私は、体育の授業で激しく動けず、見学が多かった。理由もあるのにもかかわらず、クラスメイトに「ずる休みだ」とか、理由を知っている教師たちにも「またか」と言われたり、冷たい目で見られた。
どうして、私だけなんだ。私がなぜこんな苦しい思いをしなければならないんだと日々思い始めてきた、中学三年の最後の文化祭の準備中。クラスメイトの手伝いをしていると、ある女子生徒に「邪魔だからどっかに行ってくれない?」と、言われ見下された。私はただ、頼まれて手伝ったはずなのに、こんなことを言われなければならないのか、イマイチよくわからなかった。他人にいじめをしていたわけでもなく、ただ、普通の人とは違い、会話が難しいだけの人間なだけなのに。
どうして、私だけが、邪気にされるのか。本当にわからない。
そこからの記憶はあまり思い出せないが、私は初めて【死】を望んだのは覚えている。どこにも居場所がなく、家に帰っても苦痛しかない。私を認めてくれる人や、褒めてくれる人もいないこの世界に生きていたくない。そんな日々だった。
*
中学卒業後、私は、定時制高校に進学し、友達を作ることはせず、勉学に励もうと決めていた。だが、今までとは違う私と同じ思いをしてきた子が何人かいて、趣味も似ていたため友達になった。小中までの苦痛な学校生活はなく、楽しい学校生活を送っていた私に、ある夢が出来た。
【小説家になること】
その夢をかなえるため、小説に詳しい教師に小説の書き方や基本を教えてもらい、見てもらっていた。仲の良いクラスメイトに小説家になる夢を話すと、純粋に応援してくれた。そこまではいいのだが、その子に純粋さはなく、陰で、「柚木は口だけだ」と言っているのを知ったときは、ショックでしかなかった。あんなに応援していてくれていたはずなのに、裏では全く応援していてもくれず、小説を書いてることさえ疑っていたなんて思いもしなかった。証拠に、小説を見せるが、表面では「柚木が小説書いているのは知っているよ!」と誤魔化し、裏では「絶対に口だけだ」と言っていた。高校卒業後、私とそのクラスメイトのことは一切連絡を取っていない。同じ町で暮らしているため、顔はよく見かけるが、互いに声もかけない。
*
そして今、私はこうして、小説を書き続けている。しかし、その反面己自身がどうだったのか忘れてしまった。過去にとらわれているせいなのか、他人に本当の自分というものをさらけ出せずにいる。よくクラスメイトに言われたことがある。
「柚木の素ってどれなの?」
と。私も知りたい。そんな答えを返すと、「じゃあ、今の柚木は本当に柚木じゃないかもしれないんだね」と冷たく言われたことがあった。私自身も己の素を知りたい、思い出したいと思っているが、さぁ、どうすればいい? と思ってしまう。
その答えはいつまでたっても返ってはこない。正解も不正解もない質問だからだ。人間は皆、生まれつき個性を持っている。人見知りもその個性の一つだ。だから、どうすることもできないし、その個性を受け入れるしかないのだと私は思う。己自身を忘れたのであれば、新しい己自身を作ればいい。簡単に言うと、人格を新しく作り直すということだ。しかし、そうしてしまうと本来の自分は消えてしまうため、【偽りの仮面】をつけた人間になってしまうのが難点だ。道化師として生きなければならないが、私自身その方が安心するし、何より安全でもある。他人を笑わせ、他人に合わせる。慣れるまでには苦労するが、慣れてしまうと、楽で体になじんでいく。
だが、もう二度と本来の自分には戻れないため、自己責任で新たな人格を作ってみるといいかもしれない。
(了)