9
「あの?」
淡い金色の髪に若草色の瞳をした少女は、目をぱちりと瞬かせる。
「ああ、えっと……」
彼女の歳はセレネとそう変わらないように見えた。洗濯籠を持っているところから察するに、孤児院の関係者なのは間違いない。
ならば、セレネのことも知っているのだろうが――
エルミアーナは孤児院の敷地と少女との間で視線を彷徨わせる。
不躾に聞いても、答えてもらえるのだろうか。
しばし困り顔をしていると、少女が突然「あ」と声を上げる。
「もしかして、セレネをお探しですか?」
「え……」
その通りなのだが、ピンポイントで当てられたことに驚いて、少し警戒する。
「どうして、そう思うのかしら……?」
「よく来るんです」
少女は困ったように笑う。
「あの子の……、その、噂をお聞きになったんでしょう? その真偽を確かめるために――、お嬢様みたいな方が来たのって、初めてじゃなくて」
「噂……」
「あれ、違いました? 『私は聖女だと公言している娘がいる』。これをお聞きになったのでは?」
「……いえ、その通りよ」
そんなに出回っている噂なのかと、エルミアーナは少し考え込む。
「それで、その噂は実際のところ……」
「噂自体は本当です。あの子は昔からそう言っていますから。でも、期待されているような力は、今のところ」
少女は小さく首を横に振る。
噂が広まっているにもかかわらず、彼女がまだここにいることを考えれば自明だ。
「そう……、昔から……」
あの「聖女」は、やはり転生者なのかしら……。
原作の彼女との違いや、そもそもエルミアーナ自身が異世界転生しているらしいことを考えれば、なくはないだろう。
「あの、お嬢様。もしお会いになりたいのなら、呼んでまいりますが……」
少女の声にエルミアーナは顔を上げた。
だがゆっくりと首を横に振った。
「今はやめておきます」
彼女がもし本当に転生者ならば、こちらも前世を思い出したことはギリギリまで悟られないようにした方が良いだろう。ならば、今はまだ会う時ではない。
それよりも、とエルミアーナは目の前の少女を見る。
「あなたはわたくしのことを、どうして『お嬢様』と呼ぶのかしら?」
一応、今日は街に溶け込めるような服装にしてきたはずだった。純粋に不思議でそう訊ねると、彼女はきょとんとしたあと、くすりと笑った。
「だって、そんな上等な布の服を着てらっしゃるんだもの。貴族か豪商のお嬢様のお忍びにしか見えませんよ」
「あ……、そうなのね……」
エルミアーナは自身の着ているワンピースの裾をぴらりと持ち上げてみる。
たしかによくよく見れば、まだ笑っている彼女の着ているものや、持っている洗濯籠の中身と比べれば、自分のものは織りが細かく、ほつれてもいない。
完璧な擬態だと思っていたため、少しショックを受けていると、それに気付いた少女がしまったという顔をする。
「あっ、馬鹿にしたわけではないんですよ!?」
「わかってます。次に活かすわ……」
エルミアーナがグッと決意をしていると、少女が目をぱちくりと見開く。
「次があるんですね」
「ええ……。近いうちにこむす――噂の少女の様子をまた見に来るつもりですから」
まだ聖女としての力は覚醒していないようだが、いずれは彼女の言葉が「本当」だったと知られる日が来る。
それまでに、もう少し情報が欲しい。
「でも今日のところは帰ります。お兄様がいじけてらっしゃるし」
少し後ろを見れば、すっかり放置されて拗ねているエイドリアンの姿があった。
「あ、お兄様でらしたんですね」
「……それ以外に、何か?」
首を傾げるが、少女はにこにことするばかりだ。
「まあ、いいです。それでは――」
エルミアーナは踵を返しかけて、足を止めた。
「あなた、名前は?」
「エレンナです」
にっこり笑う彼女が妙に眩しく映る。夕日が彼女の髪に照り返しているせいだろうか。
「エレンナ、ね。わたくしは……、――ルミ。そう呼んで」
誰かが呼んでいるのとは別の愛称を告げる。
何故だか他の人には、「ミア」と呼ばれたくなかったから。