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「こっち! ほら、ミア!」

「もう、お兄様! 待ってください!」


 あの喫茶店での一幕の後は、何事もなかったかのように彼はすっかり元通りの雰囲気となった。

 もっとも、どことなく気まずい思いをしていたのは、エルミアーナだけだったのかもしれないが。


 ともかく今は、ケーキを食べ終えた後、喫茶店を既に出てしばらくが経ち――、エルミアーナはエイドリアンに手を引かれ、街へと繰り出していた。

 王都の目抜き通りから一本中へ入ったそこは、露天が道の両側を埋めている。前世のヨーロッパにあるような、市場をイメージした場所のようだ。果物や野菜、肉、魚といった生鮮食品だけでなく、ナッツや乾物、焼き菓子といったものも売られている。

 そういった場所柄か、行き交う人々の数はとても多く、エイドリアンに手をしっかり握られていなければ、あっという間にはぐれてしまっていたことだろう。


「とても、人が多いのですね」

「さすが王都、というだけのことはあるね。でも、多いのは人だけではないよ」


 そう言いながらエイドリアンは足を止める。

 彼の背中にぶつかりそうになり慌てて足を止めたエルミアーナは、彼の言葉を怪訝に思いながらその長身の向こうを覗き見る。

 そして、その先にある露店を見て、目を輝かせた。


「まあ……!」


 目の前に並べられているのは、色とりどりのガラスを使ったランプだ。

 日光を受けてキラキラと輝くそれは、下に敷かれた真っ白の敷物に様々な色を映している。

 丸いフォルムも可愛らしい。

 前世のトルコランプに似ているだろうか。


「これは?」


 露店の店主に訊ねると、彼は気のいい笑顔を浮かべて答えてくれる。


「西の大国の工芸品でね。中に蝋燭を入れて使うんだ。そうしたらキラキラして綺麗だろう? あんたみたいなお嬢さんにも人気でね」


 ふんふんと熱心に聞いていると、店主は模様の一つ一つにも意味があることなども親切に教えてくれる。


「すごいのですね、お兄様」


 隣にいるエイドリアンを振り返ると、エルミアーナの様子を微笑ましげに見ていた彼は更に優しく笑う。


「これだけじゃないよ」


 そうして、またエルミアーナの手を引いて人混みを潜り抜けて行く。


 彼に先導され、様々な店を巡る。

 変わった置物の店、異国で取れる珍しい石の店、香辛料を売っている店もあれば、美しい反物の店もあった。


「どうかな、ミア。楽しい?」

「はい、とても……!」


 本当はどの店の品も知識にはあった。それから、前世の記憶の中にも参考にされたのであろう品が記憶にある。


 それでも、エルミアーナはとても心が浮き立っていた。

 自分の目で見るのは、どれもはじめて。

 書物の美辞麗句も、記憶の中のテレビで見た映像も、どれも本物には叶わない。

 それを見せてくれた彼に、はじめて素直に気持ちを表した気がした。


 だからだろうか。

 一瞬エイドリアンが面を食らったような顔をする。だがすぐに、安堵するような嬉しさが滲み出るような顔で微笑んだ。


「そうか……。よかった」

「……お兄様」


 もしかして、この人は――


「ミア、少し後ろ向いて」

「? はい」


 エルミアーナが素直に彼へ背を向けると、髪が少し持ち上げられるような感覚があった。

 それから微かな衣擦れの音。


「はい。今日の記念ね」


 何のことかと振り返ろうとしたとき、視界に何かチラついた気がして、エルミアーナは後頭部に手を回す。


「…………リボン?」


 長いそのリボンは、先端を前へと持ってくれば、エルミアーナの視界にも映った。

 夕闇のような紫色。

 端が金糸で綴られた繊細なそれが見える。


「綺麗……。――似合いますか?」

「……うん、とても」


 妹を溺愛するフリをするこの男からの、はじめて贈られた形の残るものが、こんな素朴なものというのが、なんだか意外で――嬉しかった。


「そろそろ帰ろうか、ミア」


 気が付けば、もう夕刻も近い。

 エルミアーナは彼の言葉に頷こうとして、動きを止めた。


「ミア?」

「今の……」


 見間違いかもしれない。

 だが、今エルミアーナの隣をすり抜けて行ったのは――


「ミア、どこ行くの!?」


 急に踵を返したエルミアーナの手をエイドリアンが掴む。


「お、お兄様、わたくし……」


 何と言えばよいか分からずまごついていると、彼は目を細めてエルミアーナの背後を見た。


「さっき子? 薄茶の髪の」

「は、はい」


 頷き返すと、エイドリアンはエルミアーナの手を掴んだまま歩き出す。

 何故その薄茶の髪をした娘が気になるのか、ということを問われずにほっとしながら、エルミアーナはエイドリアンの後を追う。


 だって、言えるわけがないわ。


 薄茶の髪に、金茶の瞳をした一見平凡な少女。

 それがもうすぐ聖女となるであろう、セレネ・ヴァレットだなんて。

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