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『若様の仰る通り、息抜きは必要ですよ』


 そんなことを言いうラナにめかしこまれたエルミアーナは、町娘風の薄手のワンピースに、髪は二本のおさげにされて背中に流した格好で、街の喫茶店にいた。

 目の前には同じように平民の青年風の服を着たエイドリアンが、上機嫌で座っている。


「はい、あーん」


 にこにこしながら、フォークに刺したケーキを差し出すエイドリアンに、エルミアーナは溜息を押し殺す。


 エイドリアンとエルミアーナは、お世辞にも顔が似ているとは言えない。まあ、父も母も違う「兄」なので、当然と言えば当然なのだが。

 そんなわけで、傍から見ればエルミアーナたちは完全に「デート中」だ。

 店員の微笑ましい視線が忘れられない。


 どことなく頭痛を覚えながら、エルミアーナはジト目で差し出されたフォークに刺さったチョコレートケーキを見る。


「……いつもとやっていることが、変わらないのでは……?」

「全然違うよ! 作り手が違うんだから!」

「それはそうですが……」


 一応首を振って、「あーん」に抵抗してみるものの、やはりエイドリアンも引かない。


「個室なんだから、照れなくても大丈夫だよ」


 そういうことではない。


 たしかに彼の言う通り、周囲は壁で区切られていて、他には誰もいない。来るとすれば店の者だろうが、商品を運び終えた今はしばらくは誰も来ないはず。

 それは分かっているが、見られている見られていないの問題ではない。


 と言いたいのだが、この兄が折れないことも、もう既に知っている。そのため、仕方なくエルミアーナは口を開けた。


「……おいしいですね」


 口に入れたチョコレートケーキは、ほんのり苦めのチョコクリームとラズベリーソースの甘酸っぱさが程よく美味しい。


 もくもくと口を動かせば、エイドリアンは満足そうな表情でにこにこと笑う。


「よかった。もう一口いる?」

「いいえ。わたくしの分が入らなくなります」


 一方エルミアーナが頼んだのはメロンのタルトだ。

 こういう生の新鮮な果物が簡単に手に入るあたりが、さすが物語世界だなどと、少しメタなことを考えつつも、美味しいものに罪はない。

 瑞々しい緑の果肉にうっとりとしながら、フォークを刺そうとして、エルミアーナはふと手を止めた。


「……お兄様も食べますか?」

「え?」


 エイドリアンはぱちりと目を瞬かせて固まっている。

 エルミアーナの発言が予想外だったとでも言うような――。それに気付いて、エルミアーナは頬がぼぼぼっと赤くなるのを感じた。


「わ、わたくしも貰ったので! いるかな、って……。い、いらないなら別に――」

「いる」

「お兄様……」

「いる。食べさせて」


 いつものおちゃらけた雰囲気が鳴りを潜め、どことなく真剣な眼差しに見える。


「わ、わかりました」


 これはきっと、「妹を溺愛する兄」の演技! その延長!


 エルミアーナは彼の眼差しに座りの悪さを覚えながらも、己にそう言い聞かせる。そして、気を抜けばうっかり震えそうになる手で、ケーキを一口分切り分けた。

 それをフォークに刺して差し出す。


「どうぞ……」

「ん」


 彼は自身の髪を耳にかけながら口を開けた。

 伏せられた目、ケーキを口に含んでから、こちらを窺い見るように上目遣いになって――


「お、おにいさ……」


 妙に色気のある視線に、エルミアーナの心臓が跳ねる。

 普段は雰囲気のせいで気にならない彼の美貌によって、得も言われぬ凄みさえ感じた。


 こんなにも美しい人を、わたくしは知らない――


 だが、それは時間にすればほんの一瞬のことだったのだろう。

 エイドリアンがにっこりと笑うと、その雰囲気は霧散する。


「ん~、おいしいね。ありがとう、ミア」

「いえ……」


 エルミアーナは胸をきゅっと押さえる。

 チョコケーキを食べはじめたエイドリアンを倣って、タルトを口に運ぶ。

 だが甘く美味しいはずのそれを食べているにもかかわらず、口に広がるのは苦味のような何かばかり。


 何故、わたくしがこんな気持ちにならねばならないの……。


 そう思って切り替えようとするが上手くいかない。

 まるで、彼に差し出された、あのチョコレートケーキのような味がする。

 そんなことを思った。

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