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「まさか、寝起きに駆けつけたから、機嫌が悪いのかい!? なら謝るから、『誰?』なんて、言わないでくれ……!」

「そうですよ、お嬢様。いくら妹大好きが過ぎるお兄様が鬱陶しいとはいえ……」

「君、言い方がひどい!!」


 おいおいと一層泣きじゃくる見知らぬ男、それから更に追撃をかけるラナからの言葉に、エルミアーナは戸惑う。


 自分に「兄」などいない。

 それは確かだ。


 覚えがないのは元より、この男の言が正しいのならば、彼はエルミアーナの生家であるリーゼンベルク侯爵家の嫡男のはず。処刑の場に両親と共にいないのはおかしいのではないか。

 それに――、とエルミアーナは綺麗に繋がったままの首元を撫でる。

 この世界の「原作」に位置する物語の中でも、エルミアーナ・フォン・リーゼンベルクに兄弟はいなかった。


 にもかかわらず、使用人にまで「妹大好きのお兄様」と認知されているこの男は誰だ。


 得体の知れなさに、エルミアーナはゾッとしたものを感じ、じりっと後ろに下がろうとする。

 だが、それを察したかのように、男が顔を上げた。


 目が合う。


「許してくれるなら、なんでもするよ――……」


 不意に声が遠のいてゆく。

 彼の言葉はまだ続いているようだが、上手く聞き取れない。

 その代わりに、男の目から視線が剥がせなくなった。


「っ……!」


 その目を見てはいけない。


 本能的な危機感が警鐘を鳴らすが、金縛りにあったように身動きが取れなくなる。

 そして、見知らぬ情景――記憶が頭の中に流れ込んできた。


 幼い頃の自分とその傍らにいる「兄」。

 優しく笑いかけ、頭を撫でてくれる「大好きなお兄様」。


 ――違う! わたくしは、こんな場面、知らないわ……!!


 前世の女性が生きた記憶を見た時とは全く違う、異質なものに飲み込まれてゆくような感覚。


 このままでは、わたくしが「わたくし」でなくなってしまう――。


「――ごめんなさい、エイドリアンお兄様」


 だからエルミアーナはあえて笑った。


「お兄様が大好きな妹」に見えるように。


 不意に金縛りが解けて、同時に異質な記憶が流れ込むのも止まる。

 エルミアーナはそれに安堵していることを悟られないように、笑みを一層深くした。


 大丈夫、わたくしは「あの記憶」が偽りだと分かっている。

 だからそれを利用できる。


「悪夢を見て混乱してしまって……。そんな姿をお兄様に見られてしまったのがとっても恥ずかしかったの。…………許してくれる?」

「もちろんだよ、ミア!」


 感激したらしい男――流れ込んできた記憶でエイドリアンと名乗っていることが判明した彼は、エルミアーナにぎゅっと抱きついてくる。


「…………、」


 他者に呼ばれたことのなかった愛称や突然の抱擁に、反射的に身を竦めそうになった。しかしどうにか堪えて、エルミアーナも彼の背中に腕をまわす。


「許してくれてありがとう、……お兄様」


 見知らぬ男を抱きしめ返しているという事実も、言い慣れない「お兄様」という言葉も、何もかもが気持ち悪い。

 だが、あのまま記憶が流れ込み続ければ、この男を「兄」だと思い込むようになっていたという確信がある。

 だからこれでいい。

 エルミアーナはぎゅっと目を瞑る。


 あれは、おそらく精神操作の魔法――。


 記憶や感情を操るとされるものだが、それは人の身では使えない事になっている。

 しかし、前世を思い出したエルミアーナは知っていた。

 あれは魔界に住む魔法に長けた種族――俗に魔族と呼ばれる者たちが得意とする魔法。原作の中で主人公である聖女たちを苦しめるものの一つだ。


 この男は魔族なのだろうか。

 だが、それならば何故こんな場所にいる?


 通常、彼らは人間たちの住む領地には足を踏み入れないはず。一生のうちでも、普通に生きていれば相見える可能性はかなり低い存在だ。それがどうして、魔法を使ってまでエルミアーナの「兄」となったのか。


 エルミアーナは己の頭を愛おしげに撫でる男の手を振り払ってしまいたい衝動に駆られた。しかし、それをどうにか耐えて彼の微笑みに同じものを返したのだった。

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