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「フェリクス様……、本当によろしいの?」
エルミアーナは自邸の地下室についてきたフェリクスに、遠慮がちに問いかけた。
事は三日前。
エレンナの力に気付いたエルミアーナが、フェリクスの元を訪れたときの事だ。
魔界へ行く方法の目処がたった。となれば行かない手はない。
とはいえ、考えなしに突入するのもどうか。
そう考えたエルミアーナは魔族について研究している彼のもとを訪れたのだ。
魔界は一応、人類未踏の土地ではない。もっとも、ある程度の水準の魔力がなければ、周囲の磁場を突破するのは困難なため、行くことができる者は限られているが。
いずれにせよ、少数ではあるが魔界へ行って戻ってきた人間は存在する。
ならば、多少なり情報を得てから行くべきだろうと、エルミアーナは思ったのだ。
もっとも、エルミアーナには「原作」という大きなアドバンテージがあるため、どこまで役に立つ情報が得られるかは分からなかったが。
しかし、事情を把握したフェリクスは少々悩んだあと、同行を申し出た。
そうして、今に至る。
「今更止めても無駄ですよ。……それに、学者としてこんな機会を逃す手は……ありませんから」
「そ、そう……。ならもう聞きませんけれど」
言われてみれば、早々行く機会のない場所へ――それも、自身の研究対象の本拠地へと赴けるのだから、断る理由は無いのかもしれない。
エルミアーナはそう納得することにして、今度は彼の反対隣にいるエレンナの方を見た。
「エレンナ?」
「は、はいっ!」
妙に緊張しているらしい彼女は肩をびくぅっとさせて、ギギギとこちらを向いた。
「あの、無理なら無理と……」
「そ、そうではなく……! ルミさ――エルミアーナ様が、想像以上に身分の高い、方、でしたので……」
想定と違うところに緊張していたらしい彼女に、エルミアーナはぷっと笑った。
いや、笑ってしまうのは悪いと分かっていたが、どうにも微笑ましくて抑えられなかった。
「えっ、あの、ルミさ――エルミアーナ様?」
「ルミさんでいいわ」
「で、でも……」
「いいの。どうせ、今から行く場所はこの国での身分なんて、何の役にも立たないでしょうし」
「わ、かりました」
エルミアーナは、いまだにガチガチのエレンナの肩に手を置く。
「それで、本当に付いてきてくれるの? 力だけ借りる――というのでも良いのよ?」
一緒に来てくれる方が確実に魔法陣を発動させられるためありがたい。それは事実だが、おそらくは発動させる瞬間まで接触しておけば、それでなんとかなるはずなのだ。
何の関係も――、魔界に行くことに対するメリットが何もない彼女を連れて行くのはどうにも気が引けた。
だが、エレンナはしっかりと首を横に振った。
「いいえ、行きます。――それに、ルミさんと一緒ならきっと大丈夫な気がするんです」
「……わかったわ」
瞑目したエルミアーナは彼女の決意に頷いた。
もうこれ以上の確認は必要ないだろう。
「じゃあ、行きましょうか」
三人は魔法陣の中に入り、エレンナを間において彼女の右手をフェリクスが、左手をエルミアーナが握った。
そして、普段の倍以上に引き出される魔力に驚きを感じながらも、魔法陣を発動させたのだった。
魔法陣から放たれた強い光が、エルミアーナの視界を白く染める。
だがそれはほんの一瞬のこと。
「……ルミさん、大変です!!」
「エレンナ……?」
視界が落ち着いて目を開ける。
目を開ければ自邸の地下室とは違う瀟洒な一室に、いることに気付く。
どうやら成功したらしいと喜ぶのも束の間、エレンナに腕を引かれ彼女の方を見る。
「えっ……」
だがそこにいたのはエレンナ一人。
「フェリクス、様は……」
エレンナの右隣にいたはずのフェリクスが、忽然と姿を消していた――。
序章、ひとまずこれにて終了です!
とはいっても、物語はまだまだこれから――、というところなのですが……。
できうる限り早く戻ってこられるように頑張りますね。
それでは、1章もお楽しみに~!




