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「くしゅんっ」
「ごめんなさい……」
エルミアーナはまたしてもずぶ濡れで地面にへたり込んでいた。
どうにかエルミアーナの周囲以外へ被害が及ぶ前に魔法を消せたので幸いだが、下手をすればあのまま部屋ごと浸水――悪ければ、部屋の中で溺死していたかもしれない。
でもどうして……?
エルミアーナは自分の手をじっと見つめる。
それから慎重に、ティースプーン一杯ほどの水を生成する。
「…………、」
手の平には思い描いた通りの量の水があった。先程のような暴走はしていない。
「ルミさん……?」
手の平を見つめてじっとしているエルミアーナに、エレンナが心配そうな顔をした。
「――まって、まさか……、そういうこと!?」
エルミアーナはすくっと立ち上がると、魔法であっという間に部屋を綺麗にした。
「行きましょう、エレンナ!」
「え? ど、どこにですか!?」
外へと飛び出したエルミアーナを、エレンナが慌てて追いかける。
外は先程までの大雨が嘘のように、青空を覗かせていた。
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「へぇ~、じゃあ、その友達を助けようと思って、力が現れたんだ!」
ユミールはセレネの昔話に、興味津々の様子で目を輝かせる。
星空の元、焚火を囲んだ一行は彼だけではなく、皆がセレネの話に優しく耳を傾けてくれていた。
「そうなんです。でも、その時ほどの治癒力を発揮できたのは、後にも先にもその時だけで……」
「友を助けたいという、セレネの優しい――強い気持ちが起こした奇跡なんだろうな」
隣で優しく微笑むフレドリックに、セレネも笑みを返した。
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――という場面が、原作のどこかにあった。
前世の当時は、勇者パーティと聖女の心温まる一幕としてほっこりした場面だが、今見ると略奪女と浮気男の胸糞シーンとも言える。
もっとも、原作の聖女セレネは、本当に非の打ち所のない善良な子であったため、あの忌々しき小娘と同一視するのは、如何なものかとも思うが。
とはいえ。
今重要なのは、勇者パーティのほっこりでも、聖女と勇者のいちゃこらでもない。
原作聖女の友達――つまり、エレンナの治療の際にのみ、強い治癒力を発揮できた、という点だ。
原作では聖女の強い気持ちが起こした奇跡だろう、という推測でしか説明されていなかった。
当然と言えば当然だ。そのエピソードは聖女の覚醒した場面として重要なのであって、そこにいたる前後関係など、物語としてはどうでもよいことだ。
だが――、もしその「奇跡」に明確な理由があったら。
「フェリクス様!」
「エルミアーナ嬢? その格好……、それに後ろの方は――」
古着を着ていたことを思い出すが、今はそれどころではない。
原作聖女の起こした奇跡。それと、先程起こったエルミアーナの魔法暴発。
普段は出せない力が出た二つの出来事に共通する要素。それは――
「彼女と魔界に行きますの。地図か何かはお持ちかしら?」
エレンナ・オルブライト。
彼女は魔力を増幅させる力を持っている。




