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「…………ゆ、め?」


 自室のあまりに見慣れたいつも通りの景色にそう呟いてはみるが、エルミアーナは頭を振る。

 夢にしては、人々の冷たい視線や空腹、喉の渇きによる苦しみ、砂で傷付いた足の痛みがリアル過ぎた。

 ならば、今見ているこの景色こそ、死ぬ前に見る夢のような何かなのだろうか。

 エルミアーナはその考えにも首を捻る。

 もはや痛みを感じる事すらできなかったが、エルミアーナの首と胴はあの忌々しき断頭台によって切り離されたはず。そう長い間生きていられるとも思えない。


 だとすれば、自分の身に何が起こったのか。


「――……『死に戻り』」


 聞き馴染みのない言葉が不意に思い浮かび、エルミアーナは目を瞬かせた。


 知らない言葉――、いいえ、()()()はこれを知っている……?


「いっ……」


 突然頭に激痛が走り、エルミアーナは額を押さえでぎゅっと目を瞑る。

 閉じた目蓋の裏に、様々な情景が見えた気がした。変わった形をした背の高い建物が乱立する風景は、見たことがないもののはずなのに、それが何処なのかが分かる。

 その街の中で暮らす「わたし」は、黒髪黒目の平凡な顔立ちをした女。本が好きで――、中でも特に気に入っていたシリーズがあった。

 その表紙を飾っているのが――


「――あの小娘がヒロインですって!?」


 エルミアーナは自分の大きな声にハッとして口を噤む。

 それからもう一度、鏡の中に映った自身の姿を見た。ゆるくウェーブのかかった長い金髪に深い青の瞳。見慣れた姿だが、今は別の記憶も脳裏にチラつく。


「わたくしは、『悪役令嬢』だったのね……」

 エルミアーナの中に流れ込んできたのは、ここよりも遥かに文明が進んだ異世界に住む女の記憶だった。その女はエルミアーナの前世、と考えるのがこの「記憶」を最も自然に理解できる理由だろう。

 彼女の記憶と共に様々な知識も得られたが、中でも問題なのが、件の「本」だ。

 全十二巻からなるそのシリーズは、王道の西洋風ファンタジーといえるもので、とある平民の少女が聖なる力を得て聖女と呼ばれるようになり、魂の伴侶である勇者と共に世界を救う、という筋書きのものだ。

 自身の前世である女性はそのシリーズの大ファンだった。

 ここまでなら、何の問題もない。

 好きが高じて、いわゆる異世界転生までしてしまうなど、見上げた根性だとさえ思う。


 その本のヒロイン兼主人公が、エルミアーナを処刑に追いやった、あの忌々しい小娘でなければ、だが。


「――あら? 待って、そうだとすれば……」


 エルミアーナ・フォン・リーゼンベルクは、主に物語の序盤、学園にヒロインがいる間の悪役として登場する。婚約者である勇者を取られまいと、種々の妨害を企て主人公に困難を与える役回りだ。そして、最後には悪事が暴かれ、断罪されるのだが――


「わたくしは、どうして処刑されたの……」


 物語では断罪後、婚約解消と自宅謹慎が言い渡され、社交界では死んだも同然――、とはいえ、実際に命を取られるわけではない。

 手に入れた情報と、記憶している自分の最期にかなりの齟齬がある。


 もしこれが本当に「死に戻り」で、もう一度生きるチャンスを与えられたのだとすれば、前世の記憶はその助けになると期待していた。しかし、どこまで役に立つのやら――


 エルミアーナが思考に没頭していると、コンコンと部屋の扉を叩かれる。


「お嬢様、お目覚めですか?」

「え、ええ。起きているわ」


 返事をすると、扉がそろりと開かれ、侍女――たしか名前はラナ――が、顔を覗かせた。


「……どうかした?」


 表情の薄い彼女が扉の傍で部屋の中を見渡すたびに、顎下で綺麗に切りそろえられた黒髪がその頬を掠めている。

 何を確認しているのかと怪訝な顔で訊ねると、淡い灰色をした目をこちらに向けた。


「いえ。叫び声を上げられていたようなので、賊でもいるのかと」

「ああ……」


 賊でもいるのかと思っているわりには落ち着いた様子の彼女に、エルミアーナは冗談とも本気ともとれず、曖昧に頷く。


「問題ないわ。……悪夢を、見ただけだから」

「そうですか」


 ふんふんと頷いたラナは、そのまま部屋には入らず廊下の方を振り返った。


「――だそうですよ、若様」

「わかさま?」


 誰のことを言っているのか見当がつかず首を傾げるが、彼女が問いに答えるよりも早く、その「若様」は姿を現した。


「エルミアーナ……」


 ラナの背後から現れたのは、エルミアーナよりも頭一つは背が高そうな――、有体に言うと「イケメン」というやつだった。

 髪は短い茶髪が無造作に流され、瞳はくすみのある緑色。少々やぼったい印象だが、顔の造形は非常に整っている。

 のだが――、その男は目を真っ赤にしてぼろぼろと涙を零していた。


「えっと、どちらさまでしょうか……」


 イケメンが恥も外聞もなくボロ泣きしている様に若干引きつつ、エルミアーナは小首を傾げる。

 身支度も済んでいない女の部屋に見知らぬ男を引き入れたラナは、本来なら後で叱らねばならない。だが、この様子で現れて追い返すのもあまりに不憫に思えたのだろうと察しがついた。仕方がないので、エルミアーナもひとまず要件を聞くことにする。


 しかし、初対面の男に誰だと訊ねただけで、その男がさらにぶわっと涙を流し、ラナにもありえないものを見るような目をされた。


「あの……?」

「――だよ……」

「え?」


 よく聞こえない、と耳を傾けると、男はキッと眉を吊り上げて叫んだ。


「僕は……、僕は、君のお兄様だよ!!」

「…………は?」


 わたくしは一人っ子なのですが。

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