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死に戻り悪役令嬢に(自称)お兄様ができました  作者: 桜 みゆき
序章

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13

「それは……」

「エイドリアンと名乗っていたあの男です」


 フェリクスははっきりと、その名を告げる。

 彼がいたあの時間が夢ではなかったのだと言われたような気がして、エルミアーナは胸の前で手を握りあわせて息をついた。


「何を…お聞きになりたいんですか?」

「先程、リーゼンベルク家へ行きました。ですが、あの人物のことを知らない人間が何人かいるのに気付きまして」

「……なら、魔法が解けかかってるのね」


 ぽつりと呟いた言葉に、フェリクスがすぅと目を細めた。


「やはり、ご存知だったのですね」


 エルミアーナは目線を逸らしたまま俯いていた。


 このまま、全てを言ってしまおうか。


 ほんの一瞬、そんな気持ちが浮かぶ。

 精神に影響を及ぼす魔法が存在するというのは、隠された情報ではない。だが一般的に知られている話でもなく、それこそ目の前にいるフェリクスのような学者たちしか知らないような情報だった。

 社交界デビューも果たしていない子供が知っているのは、少しばかり不自然な情報。

 これまでのこと――、一度目の人生や、原作のエルミアーナ・フォン・リーゼンベルク、それらを話すのに、これほど良い機会はない。

 だが――


「ええ、偶然にも」


 エルミアーナは顔を上げて、堂々とそう言った。


「偶然、ですか」

「そうです。……ですが、ここ暫くとある夢を見るのです。それとの関係が気になって」


 新たな聖女が現れる。


 そんな夢を見るのだと、一度目の人生を振り返りながら、エルミアーナはその時のことを語った。

 聖なる光を見たと騒ぐ人々。一報を受けた日の衝撃。はじめてあの小娘と出会った日の言い知れぬ不安。それから、婚約者の不義による絶望。

 ただの夢だと言いながら、あまりに生々しく言ってしまったと気付いたのは、それらを話し終えてからのことだった。


「――それが、現実化するのではないかと、不安だったのです」


 取り繕うようにそう締めくくったエルミアーナは、フェリクスが青褪めていることに気付く。


「フェリクス様……?」

「――貴女は……。……いえ、そう、ですね」


 フェリクスは一度頭を振ると、胸に手を置いて目を閉じる。


「それはさぞ、ご不安だったでしょう。実際に『聖女』を名乗る少女が現れたのですから」


 フェリクスの態度に、一抹の違和感を覚えつつも、彼の言葉が本心からのものであることは感じられたので、エルミアーナは頷いた。


「ええ、そうですね。……不安でした、ずっと」


 エルミアーナはうっすらと赤みを帯びてきた空を見上げた。


 そう。不安だった。

 けれど、その不安をここ暫くは感じないでいられたのだと気付く。


 もし、目の前にいるのが、「彼」だったなら。


 わたくしはきっと、すべて――。


 エルミアーナは目を伏せて、その考えに蓋をした。







「すばらしい力だわ……」


 豊かな金髪を背に垂らした女は、軽やかに宙を舞って契約者である男の首に腕を絡めた。

 彼の――闇にとけるような色をした艷やかな黒髪にキスを落として、その顔を覗き込む。


「すべてあなたのおかげ。これで彼をわたくしのものにできる」


 男の夕闇を思わせる紫の瞳が眇められた。


「……愚かな女だな。それで全てを失うと知っていても、それを望むなんて」


 女は妖艶に笑い、男の頬を指先でするりと撫でた。


「そうよ。狂おしいほど何かを求める人間はみな愚かなの。魔族のあなたにはわからないかしら……」

「……さあ、どうだろう」


 ぴくりと眉を動かす。


「来た」


 男は立ち上がりながら、女の腰を引き寄せた。

 人ならざる存在と成り果てている女は、重力などないかのような動きで、男の身体に腕をまわす。


「もう少しでお別れね」

「ああ」


 二人が交わしたのはそういう契約。

 現れた侵入者――そのうちの一人を手に入れるためだけに、女は人ではなくなった。

 だからそれが終われば、契約も終わる。


 女は男の身体から手を離す。


「……行っておいで、僕の美しい使い魔」

「ええ、さようなら。私の――」


 女の唇が紡ぐ男の名が、あまりにもやわらかに宙へと消えた。







「っ!」


 エルミアーナは急に覚醒して、辺りを見渡す。

 そうしながら、ここは家へ帰る馬車の中で、つい先程までフェリクスと話し込んでいたことを思い出した。


「わたくし……」


 断片的な夢の記憶をかき集める。

 意識を手放していたのは、おそらくほんの一瞬の間だ。けれど、あまりに濃く、リアルな夢に身震いするようなものを感じる。


「あれは――」


 急速に消えてゆく夢の欠片は、現実に体験したかのような生々しさだけを残して指の間をすり抜けていく気がした。

 どんどんと思い出せなくなってゆく。

 ただ、男の夕闇を思わせる瞳がとても印象的で、エルミアーナは偶然かそれによく似た色をした髪を結ぶリボンに触れた。


「……お兄様」


 あなたはもう、戻っては来ないのでしょうか。


 窓の外はすっかり夜の色をしていた。

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