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月に一度、エルミアーナは王城の敷地内にある聖堂で祈りを捧げている。
「――どうか、我々をお導き下さい」
祈る相手は初代の聖女――今は神と同一視されている人物だ。
この国に広く根付いている信仰の対象で、人によっては週に一度は祈りを欠かさない、というような者もいる。だが、エルミアーナが今しているこれは、信心深いからというわけでも何でもない。
聖女に選ばれる人間は、生まれ落ちる際に初代聖女から力を授けられると言い伝えられている。そのことへの感謝と、これから先の未来も国を護り導いてくれるように願う聖女の義務としてこの祈りがある。
聖女不在の際は代理――つまりは、フレドリックの母が本来成すべき務め。だが現在彼女は、王都から遠方にある領地の方で静養しているため、次期勇者の婚約者であるエルミアーナが行っているのだ。
この務めを果たすようになってから五年ほどが経っている。
思えば、幼い頃からこういった務めを果たすことで、自分はどこか特別な存在なのだと、いつしか勘違いをするようになっていたのかもしれない。
一週目の人生を終え、原作のエルミアーナの末路も知った今となっては、そんな風に思えていた。
一人きりの空間で、周囲には誰もいない。
考え事をするのに最適。としか今は思えないが――、処刑される前の自分はここで敬虔な振りをすることに酔っていたのかもしれない。
そういえば、こうして静かに思いを馳せるのも久し振りだなと思う。
とくにここ暫くはずっと賑やかだったから――。
「…………、」
エルミアーナは脳裏へふと浮かんだ顔に眉をひそめた。
もう三日が経過した。
あの兄を名乗っていた男が、何の説明もなく姿を消してしまってから。
今日は見ないな、と思っていたら一日が過ぎ、二日目には屋敷を探したが見つからず、今朝もやはり姿はなかった。
お兄様はどちらへ?
そんな風に訊ねられたら簡単だったのかもしれないが、エルミアーナはその問いを誰にもぶつけられずにいた。
だって、もし「あなたにお兄様はいらっしゃいませんよ」なんて、返されたら――。
返されたら、なんだというのだろう。
エルミアーナは祈りを捧げる手に力が籠っているのに気付いて、ゆるゆるとその力を抜いた。
ほんの少し前に戻るだけ。いつもと同じ日常に。
ただそれだけなのに。
「――エルミアーナ嬢、お時間ですよ」
不意に聖堂の重い扉が開く音と司祭の声がして、エルミアーナは振り返る。
「ああ……、もうそんな時間ですか」
聖堂の中に入ってきた司祭に礼をして、入れ替わりに外へ出た。
「……いいお天気ね」
空は憎たらしいほどに青く澄んでいる。
祈りの後は、同じように務めのために城へ上がっている婚約者と落ち合って交流を持つ。
それがいつもの流れだ。
まだ親が同伴して行動していたような幼い頃からの倣いだと言ったほうが正しいかもしれない。
あの頃はもう少し頻繁に――婚約者としての最低限の義務以上には、会っていたような記憶がある。しかし、一つ年上のフレドリックが学園に入ったのを機に、それらはぱったり無くなった。
一度目の時は、お忙しいから、あの小娘の手管に捕まってしまわれたから、と思っていたが、思えばすでに心は離れていたのだろう。
少し冷静になった今はそう思う。
「お待たせいたしました、フレドリック様」
明るい蜂蜜色の髪が揺れて、その髪と同じ色をした瞳がエルミアーナを捉える。
視線がぶつかり――、エルミアーナは自身の胸をそっと撫でながら内心首を傾げた。
もっと、激しい気持ちが湧き上がると思っていた。
なぜならエルミアーナからすれば、彼と会うのはあの処刑の日以来はじめて。
もっと何か思うところがあるだろうと思っていたのだ。
きっとお兄様のせいだわ。
あの日からずっとエルミアーナを振り回すあの男は、今一体どこにいるのだろうか。
とはいえ今大事なのは目の前のこと。
「……フレドリック様?」
いつも――まだこの時期ならば、言葉少ないながらも会話を交わしてくれていたはず。
にもかかわらず、今日の彼はだんまりだった。
訝しく思いながらも、フレドリックの対面に腰を下ろす。
そして彼が唐突に口を開いた。
「三日前、一緒にいたという男は誰だ」




