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死に戻り悪役令嬢に(自称)お兄様ができました  作者: 桜 みゆき
序章

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10/21

10

「ねぇ、ミア」


 後ろにぴったりとついて歩くエイドリアンの声を、エルミアーナは無視して歩く。


「ねぇってば」

「…………」


 何故かは知らないけれどお兄様は――、怒ってらっしゃる。


 エルミアーナはスタスタと平然とした風に歩きながらも、内心は冷や汗をかいていた。

 声色は良く言えば優しく、悪く言えば呑気はいつもと変わらないもの。なのに、首の後ろがピリピリする。

 普段とは何かが違った。


「ミーアー」

「――きゃあっ」


 不意にエイドリアンの手が伸びてきて、エルミアーナの手首が捕らえられる。

 そして、優しい手つきながらも強引に後ろを振り向かされた。


「なんで無視するの」

「…………お兄様、怒ってらっしゃるから」


 身動きが取れなくなったエルミアーナは、ぼそぼそと呟く。


「……何に怒ってると思う?」

「それは――、……わかりません」


 最初エレンナと別れてすぐの時は、彼女にも言った通り、「拗ねている」のだと思った。

 大好きな妹に放置されていじける兄――。実に理に適った演技だと。


 だが、どうやら違うらしいと悟ったのは、彼の近くまで来て「帰りましょう」と声をかけようとした時のこと。身の竦むような寒気を覚えたからだ。

 今も少し和らいでいるものの、完全になくなってはいない。


「お兄様、あなたは――」


 エルミアーナは、エイドリアンの服をきゅっと掴む。

 だが、聞きたいことは言葉にならず、掴んでいたその手を離す。


「ねえ、ミア」

「……はい」

「さっきの子が言ってた噂、誰に聞いたの?」

「フェリクス様に」

「自分の立場が聖女に奪われないか、って心配だった?」

「そんなのではっ……、――ない、です」


 心配なのではない。それは、事実なのだ。


 エルミアーナは、声を荒らげそうになって俯いた。


「ねえ、ミア」


 俯いたその頬に彼の手が触れて、エルミアーナは顔を上げた。

 視線が絡む。


 彼は、こんな色の瞳をしていただろうか――


「君が望むなら、僕は何でもしてあげるよ。――あの女を殺すことだって」

「は……」


 何を馬鹿な。そう言って笑うべきなのは分かっていた。けれど、その言葉を口にすることが出来ずに押し黙る。

 だってそうすれば、この長い――長すぎる悪夢から抜け出せるかもしれない。


 聖女が現れた時の衝撃、婚約者が奪われた絶望、罪人となった惨めさ、首を落とされた時に感じたあの無力感も、何もかも――。

 今なら、無かったことに出来るかもしれない。


「…………どうして」


 でも頷くことは出来ない。

 殺せないとかそういう、綺麗な気持ちからではない。私刑を望めば、あの女と同類に堕ちてしまう。それが耐えられないからだ。


「どうして、そんなことを言うの」


 だから、別のことを聞いた。

 呆れた風を装って。でも、隠しきれない哀惜の思いは滲み出ていたかもしれない。


「君のせいだよ。何に怒っているか分からない、なんて言うから」


 彼の顔が翳って暗く見える。


「本当の目的があったのに、僕に何も教えてくれないから。もし危険な目に遭っていたら、どうするつもりだったのかな、って」

「――っ」


 本当に、この男の目的はなんだというのだろう。


 やめてほしい。

 まるで本当に、エルミアーナという人間を愛しているかのような言葉を吐き続けるのは。


 いつか、信じてしまいそうで。


「……お兄様。もうわたくし、子供ではありませんわ」

「知ってるよ。だから心配なんだ」

「なら、レディの秘密の一つや二つは許容していただきませんと」

「心配させないでくれるのなら、いくらでも」


 エイドリアンが茶目っ気のある笑顔を見せ、いつも通りの雰囲気に戻る。


 そのことに、思っていた以上の安堵を覚えながら、エルミアーナも笑顔を返した。


「今度こそ帰りましょう、お兄様」

「そうだね。――ところでミア、一つ聞きたかったんだけれど……」

「なんですか?」


 帰りの馬車を待たせているところまで歩かなければならない。

 ひとまず大通りへ足を向けたエルミアーナは、エイドリアンの顔を見上げた。


「どうして噂の少女を知っていたの」

「え? それは、フェリクス様に教えていただいた、と先程……」

「そうじゃなくて。どうして――、その少女の顔を知っていたの」

「ああ……」


 どう答えるべきか、少し悩んで答える。


「夢を見たんです。あの娘が聖女だと名乗りを上げる夢」


 エイドリアンがぴたりと足を止めた。


「お兄様?」

「その夢で、君は」

「聖女に処刑されました」


 どうして本当の事を言う気になったのか。

 エルミアーナ自身も分からなかった。


 彼が息を飲む。


「――なんて、夢ですよ。ただの夢」


 あまりに顔色をなくした彼が気の毒になって、エルミアーナは笑う。


「…………ミア」


 彼が縋るようにエルミアーナの手を掴むのを、ゆるく握り返す。


「ごめんね、ミア」


 何に対してなのか分からない謝罪を、黙って受け入れたあとは、もうどちらも喋らないままただ手を繋いで歩く。


 そしてその夜、兄を名乗っていたその男は、唐突に姿を消した。

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