起
「アンナマリー、君との婚約を解消させてもらう!」
ほら、来た。
婚約破棄だ。
予想はしてた。
だって、最近のルーブル伯爵は様子がおかしかったもの。
私に隠れてこそこそ出掛けていたし、私に対して素っ気なかったし。
他の女の匂いは嗅ぎ付けていたんだ。
きっと心変わりでもしたんでしょう。
「君とは別に好きな女性ができた。僕は君よりも彼女の方を愛している。そうわかったんだ」
堂々と浮気を宣言しやがる。
悪気はないのか、こいつは。
「その方はどこのどなた?」
「シュリー・ピクセル。音楽堂の子だよ」
嗚呼、その子の名前は知っている。
確か若手のフルート奏者。
一度、ルーブルとコンサートにも行った。
この街で一番の美少女だ。
なるほど、私よりもうんと若くて可愛い子を選んだわけか。
ホント、男って馬鹿な生き物ね。
「で、私が『はい。わかりました』と婚約の解消を受け入れると思う?」
「……」
「それにあなたは私との2年間をこうも簡単に捨てることができるのかしら?」
「……」
「隠れて浮気なんかして、シュリーも可哀想ね」
「……」
ルーブルは俯いてしまった。
何だよ、私が簡単に折れると思っていたのか?
こんな展開になるなんて意外だって顔してる。
「ねえ、何とか言ったらどうなのよ?」
浮気された女は怖いぞ。
「き、君はーー、」
両手を広げてルーブルが訴える。
「君は僕を愛していたのか!? 本気で好きだったのか?」
「ええ。それはもちろん。愛しているわよ」
「いいや、嘘だね! 君は僕の家柄と資産目的だ!」
まあ、それは否定できない。
それも込みで愛している。
ルーブルは顔、性格で私の理想の最低限を保っているし、ステータスはーー、彼の言葉通りだ。
「君が愛しているのは僕でなく、僕の金と地位だろう! 結婚してそれを自分の物にするつもりだっ!」
「酷いわね。この期に及んでまだ女を苦しめるの?」
「知るかっ。君だって僕を苦しめていた」
ルーブルは瞳孔を開きそうな勢いで言う。
「でも、彼女は違った。シュリーは僕を見てくれた。僕という人間を見てくれている。それもそうだ! シュリーも貴族の子だからね。君と違ってカンデラ地区の出身じゃあないからね!」
カンデラ地区。
それは下級民が暮らす地域の1つだった。
私はそこの出身。
裕福な暮らしを求めて、ここまで上がってきた。
確かにその点ではシュリーと私には大きな違いがあるだろう。
「やっぱり、僕と君とでは合わないんだよ」
「私を見下すのね」
「事実だろう?」
「ふーん」
「君が何と言おうと僕らの婚約は解消だ! カンデラの暮らしに泣きながら戻るといい! はははははっ!!!」
あーあ。
ここまでするつもりはなかったんだけどなあ。
息巻くルーブルに私は思い切りビンタした。
ぱあああああんっと小気味の良い打撃音が響く。
そして、私の掌が彼の頬に触れた瞬間、脳味噌に雷のような刺激が走った。
その衝撃はあまりにも強烈で私は意識を失ったのだった。