表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
106/126

106、口述筆記~文学(文芸)~

 老いらくの恋。


 ワシは加瀬伝蔵、齢は70を越えたしがない小説家である。

 寄る年波には身体は勝てず、目が極端に弱ってしまった。

 文字を書くことが出来ないのは、まさに苦痛である。思ったことを文字に紡ぐのが私の仕事、そして生き甲斐なのだ。

 私は、それでも書きたい、そんな思いから、口述筆記をしてくれる人を募集した。

 昔は、そこそこ小説で名が売れた私だ。

 少なからず、この仕事に興味を持ってくれる人がいるだろうと期待したが、一か月たてど、誰一人あらわれやしない。

(潮時か・・・)

 そんな諦めを抱いた時、現れたのがピチピチ女子大生のはるかさんだった。


 ワシの胸はときめいた。

 小説一筋60ン年、ただひたすらに小説に没頭し女人求めずここまできた。

 だが、しかし、目の前の女性は、私が頭の中に思い描く女神そのものだった。

 ワシとはるかさんの二人三脚の、新作づくりがはじまった。


「その時、一郎は」

 私は声を発す。

「その時、一郎は・・・ですね」

 はるかさんは、鈴の鳴るような美しい声を聞かせてくれる。

「衝動をおさえることが出来なかった。愛おしくしてたまらなく狂おしい気持ちになる彼女に、その思いを伝えようとした」

「衝動をおさえることが出来なかった。愛おしくしてたまらなく狂おしい気持ちになる彼女に、その思いを伝えようとした・・・ですね」

「うむ」

 私は、小さく息を吸い込むと、

「だが、一郎は、その年の差に恐れを抱く。こんな僕が、あの人と釣り合うのだろうか、葛藤が常に自分にある。だけど抑えられない。この湧きあがる情念を浄化するには・・・告げるしかない」

「だが、一郎は、その年の差に恐れを抱く。こんな僕が、あの人と釣り合うのだろうか、葛藤が常に自分にある。だけど抑えられない。この湧きあがる情念を浄化するには・・・告げるしかない・・・ですね、先生・・・ずごくいいです」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「はるかさん、好きじゃあ!」

「・・・あ、私、そんなんじゃないんで」

 はるかさんは、すきりと立ち上がると、ぺこりと一礼をして、右手を差し出す。

 ワシは、激しい後悔をしながら、いつもより一枚多い封筒を渡した。

「ありがとうございました。先生さようなら」

「・・・あ」

 去って行く彼女に、恐ろしいほどの情欲と憎悪を抱く。

 頭にのぼった血がすーっと冷めると私はただただ自分を恥じた。



 切ない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ