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輪廻鉄心

ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいーーーー!(初手、謝罪フェース)

投稿がかなり遅くなりました……色々と心配をかけた方、特にコメントを下さった方、本当にすみません。

ヘルニアに苦しんで執筆ところではなかったんですーーーーーーっ!!


そしてもう一つ謝罪させて下さい。

実は、予定では3話目からキャラメイクの話にしようとしたのですが……(お願い察して)

なので……次回からやっとVR のお話に……。

投稿も遅ければ、話も遅い、だらだらとしていて申し訳ありません!

本当にご迷惑をお掛けしました。

 

「ねぇねぇ、パパ。なんでわたちはてつをうつのダメなの?」

「……お前のためだ」

「どーゆーことなの?」

「お前には刀工の才がある。熱がある。だが、鍛刀はまだ早い。まだ、な」

「むー! うたしぇてくれるってゆったじゃん! パパのうしょつき」

「打たせているだろ」

「やぁーなの! とうしんをうちたいのぉー」

「玉鋼の小割りと皮鉄(かわがね)の打ち延ばしでも十分だ」

「やあーぁ! やぁだ、やだやだやだあー!!」

「全く、我ながらわがままで可愛い娘を持ったものだ……」

「やあーだー! うわあーん」


 わんわんと泣きじゃくるのは私でしょうか。確かそのあと、不貞腐れた私は勢いで家出と称して近くの山の中に入って遭難したのでしたね。

 そしてイノシシに襲われるという体験もして、精神的にもぼろぼろな状態で山の浅いところでまだわんわんと泣いたのでした。

 私の泣き声を辿って見つけたお父さんからこってりと怒られちゃいましたのは、今となっては良い思い出です。


 ____________________

 _______________

 __________


「……ん」

「スズ、やっと起きたようね」

「ん、いつのまにか寝ちゃったみたい」

「最近は忙しかったんだから仕方ないわ。ふふふ、スズの髪の香りと白いうなじに綺麗な寝顔を堪能してたから、わたくしは寝てくれてても良かったけどね」

「ちょっ、まさか変なことしてないでしょうね!」

「ふふふ、どうかしらねー。スズが鍛冶をやり始めてからは全然構ってくれなかったし、わたくしのスズへの欲望と鬱憤は、溜まるばかりで我慢できずにそれをぶちまけてしまったかも知れないわね〜」

「それどういう意味よ! 怖いよカナ。いったい私に何をしたの。白状しなさい!」

「さてね〜」

「カーナー!」


 寝起きで親友のカナから悪戯されるのは流石にキツイです。なんでしょうか、以前に会った時よりもカナはおじさん度が増しているような。寂しかったのでしょう、少しはカナを構ってあげないと貞操の危機を感じます。

 それより、随分と懐かしい夢を見てしまいました。

 子供の頃の私ですね。泣いて、しがみついて、せがみ、不貞腐れて、やっとお父さんの硬い口から鍛刀の許可が下りた時は跳ね回りながら喜びましたね。

 だけど、鋼を打たせてくれたのは準備段階の焼いた玉鋼と皮鉄の打ち延ばし。本番となる日本刀の本心の部分を打つことは結局、最後まで許してくれませんでした。

 お父さんはよく口にしていました。まだ早い、と。でも、お父さんの持てる刀工の技術全てを私に教えくれました。

 日本刀は打たせてくれませんでしたが、包丁や鎌などは打たせてくれて、私はいつか打つ時が来るであろう本心の鍛刀のために、ひたすら日本刀以外のものを打ち続けていましたね。

 打ちから研磨、彫刻までこなしていました。それでも楽しかったですね。ですが、本音はやはり日本刀の鍛刀をしてみたかったです。


 夢で見た懐かしい記憶を思い返していると、不意に雄三郎さんの声で我に返ります。


「そろそろ着くぞ。どれ、美鈴ちゃんの見せたいものはいかほどのものかの」

「わたくしも少し気になるけど不服よ。せっかくのスズとのラブラブランデブー愛の巣同居生活が頓挫してしまう可能性が出てきたのよ」

「カナ……流石に引くよそれ」

「いいわよ! 一方的な愛は相愛する愛よりずっと一途で硬くて決して軽くないものなの。たとえ、スズが引いてもわたくしの永久で一途な愛(エターニティラブ)には何も支障をきたさないわ!!」

「雄三郎さん、どうしてカナをこんなになるまで放っといたのですか!?」

「う、うぬ。育児放棄はしとらんが……どうしてこうなったんじゃ?」


 愛ゆえの暴走かは定かではありませんが。いえ、いつも通りの暴走でしょうか。カナが私への愛を熱弁する前にさっさと車から降りましょう。

 同性なのにおかしな話ですよね。そういう台詞は、素敵な殿方が現れた時に取って置いた方が良いと思うのですが。

 と言っても、一方的な愛を宣言される方からすると、気持ちがどっと重くなると思いますね。同棲生活が始まった日には、毎日のように疲労が蓄積されそうです。考えただけでしんどいですよー、カナの旦那さんとなる将来の男性が可哀想に思えますね。



 車から降りて見えたのは2つの一軒家です。私の家は建物が2つありますが、生活居住と刀工場に分けられています。

 どちらも少し年季の入った建物ですが私は気に入っています。風情を感じる作りで、これはこれで歴史感じる、風格のようなものがあって良いと思いますね。

 もちろん、カナの家のような一画をまるごと大豪邸となっている家も憧れます。誰しもは夢を見るでしょう。

 それでも私はどちらかと言えば、このような廃れた感じで錆びついた、長年佇んでいる歴史ある家が好きです。

 右側の古びた家は生活居住です。そこの玄関は泥や炭、鉄くずを落とすための乾燥した(わら)を敷いています。なので、玄関の引き戸をスライドさせた瞬間、懐かしな昔を思い出す秋の田の香りが鼻腔をくすぐります。

 縦長造りの一軒家なので、廊下も必然的に真っ直ぐと伸びていて、左右に必要数の部屋がある感じです。そして問題のあの日本刀は、廊下を真っ直ぐ歩いて奥の部屋、依頼で完成させた納品物や、コンクールや展示品とする予定の傑作の日本刀などを保管する部屋として使われてる、奥の方に閉まっています。

 お父さんが最期に残した日本刀。あのまま工房において置くのは、流石に刀工職人の娘として許せないのと、なんだか放置してはいけない感じがしましたので、その場所に保管しておきましたが……。


 初めて手に持った時の感触は未だに忘れていません。


 鼓動を感じました。生きているような、一つの命を宿している感覚がもたらす、生命の脈拍。そして日本刀自体のではない、別の見えない重み。

 まるで、この日本刀に宿す命の重さを自身の手で計っている感覚に陥ってしまいます。

 以前に話ました。お父さんの打つ日本刀を見た者は皆、「生きている」や「意思がある」など異口同音で感嘆や感動などを示すと。

 ……感嘆とはなんでしょうか? 感動とはなんでしょうか? 感銘とは何なんでしょうか。

 誰よりもお父さんが打つ日本刀を間近で観てきました。そういう感情は私も湧いてきました。

 でもそれらを私は、()()()()()()()。それは私のお父さんは凄いんだ、と。私のお父さんは偉大なんだ、と。私のお父さんは自慢のお父さんだ、と。自身の気持ちはいつも、お父さんを賞賛するような言葉でいっぱいだったからです。

 尊敬と憧れこそが、私がお父さんへ向けてきた感情です。だからこそ、お父さんの日本刀を見る度にそれらを喜びとして、言葉や感情を出して、感動したり、感銘を受けたり、感嘆を吐いたりしました。

 なのに、後世に残した最期のこの日本刀には全くそういう感情が湧かなかったです。

 初めての体験。気味が悪い? 畏れ多い? この世のモノではない? そういった不安を煽るような気持ちが心を満たしてしまいました。

 触れただけでこの感覚。

 お父さんが亡くなってからは忙しい日が続きましたが、私はどこか安心していた気もあったのでしょう。

 だって、あの日本刀から一時的でありますが離れられることが出来るからです。募る不安から少しでも安心感を得ようとしているから。

 今までに感じたことないこの感情。寒気、たぶん悪寒でしょうか。とても不気味な感情と嫌な予感が、身体を、心を、私の感情を凍みるように冷めていきます。

 ですが、私は頼ってしまいました。あの日本刀に助けの手を差し伸ばしてしまいました。

 大好きな刀工ができなくなるかも知れない、大好きなこの場所から離れてしまうかも知れない、漆の伝統刀工が私の代で潰えてしまうかも知れない、そう思うと私は悲しさや憤りで立ち直れないかも知れません。そうなったら、私はこれから何を持って何のために生きるのか、失ったままただ生きた亡霊のような人生になりそうです。


「こちらです」

「ふむ……さて鬼が出るか蛇が出るか楽しみだの」

「楽しみですか?」

「美鈴ちゃんはワシらを説得するためにここへ連れてきたのだろう。ならば、これは一種の賭け勝負じゃ。美鈴ちゃんの信念とワシの思惑、どちらが強くて上回っているのか一つ賭けてみんかね? というより、美鈴ちゃんはワシを納得させたいように思えるがな? 説得より納得させることで分かってもらいたいように見えるがの」

「そうかも知れません」


 廊下の奥にあるドアの前で立ち止まります。雄三郎さんと少しの会話を交えて私は思います。

 やはりこの人は只ならぬ人だな、と。人の心を、というよりは、弱い方向へと流れる心の動きをよく見ています。常に私の心の中を覗き見しているような。

 あまり褒められた行為ではありませんよ。だけどそれ以上に、他人の興味や関心、好奇などを焚きつけて、知らぬ間に自身に魅了させてしまう何かがある。だからどうしても憎めない。

 魅了されてしまった人は、雄三郎さんのことをタヌキおやじと言う。本人から愚痴を聞いたことがありました。でも、私は雄三郎さんを食虫植物に思いますね。もしくは牧羊犬に扮した狼しょうか?

 一見、羊の追い込みをする牧羊犬。だけどそれは、羊飼いすら気付いていない牧羊犬に扮装した狼が、羊達を逃げ場の無い場所へ追い込む様な。

 これが私の雄三郎さんに対する認識と評価です。



 問題のドアの前で雄三郎さんから見透かされている言葉をかけられた私は、そんなことを考えていました。やはり世界的にも有名な社長は場数が違うのか、会談や対談などで培ったモノ。相手の心理を覗き見するのが得意のようで。社会にも出ていない中学生の私ごときでは、隠し事を隠し通せないようです。

 ところで、カナはなぜか少し不機嫌に思えます。たぶん、私が養子となることに抵抗感があることが気に入らないのでしょう。

 昔は知り合ってから頻繁に会うことが多かったですが、私が本格的に刀工に興味を持ち、鍛刀の修行に入ってからはあまり会わなくなりました。

 私もカナと遊ぶ機会などが減ったことは寂しいと思っています。だけど、私以上にカナは寂しい想いをしていたのでしょう。

 今回はチャンスだと思っているはずです。何がなんでも私を養子に迎えるべく、あの手この手を尽くすでしょう。

 私にとって、雄三郎さんよりも一番カナが手に余る相手でしょう。なにせ私自身がカナに弱いですからね。

 あのまま車の中で話が進んでいたらカナの思惑通りだったでしょう。雄三郎さんもいますしね。

 だからお父さんの最期の日本刀で賭けに出ることにしました。成功するかはわからないですが、私が刀工を続けるためにはこの手しかないと思いました。

 多分……いえ、雄三郎さんのことですから、私が養子となっても鍛刀は続けられると思います。むしろ、設備などが充実した刀工場などを、新しく用意してくれるはずです。ですが、やはりこの地から離れたくない思いと、なんだか雄三郎さんの言いなりとなって鍛刀をさせられている感じがあるのと、やはり私の譲れないという強い意志と意地があるからですね。

 私の頑固はあの漆 鉄心から継がれたモノ。その名の通り、どんなに強く叩いても凹まず壊れない硬く頑丈の鉄と、固い意志を曲げずに真っ直ぐな芯に熱を持つ心。


 鉄心。


 その名を持つ者の娘である私。これまでの刀工で培った頑固は伊達ではないところ見せてやりますよ。



 ガチャりとドアノブを回します。そしてキィィと高い音を発生させる木製のドアを内側へ開けます。

 内装は商品棚が三列あります。そこにお父さんがこれまで打った日本刀や、私が打ったナイフ、包丁、鎌などが陳列しています。これらは全て注文を受けたもので、納品日まで保管している商品ばかりです。

 ドアを開けて正面の奥。そこにあの日本刀が一本用の刀掛けに掛かっています。濃い紫色の布を被せて埃がかからないように大事にしまっておきました。

 一抹の不安を抱えて手を伸ばす。たぶん、私は何か良くない衝撃を受けるだろう。それはこの先ずっと忘れられないはずです。

 だけど逃げるのは何か違うと思ったのです。

 覚悟を決めるように深い深呼吸をします。数秒間、息を止めて、無理やり落ち着かせるように吐きました。

 いよいよこの時が来た。向き合う時が、姿を目にする時が、後悔してしまう時が来たのです。


 ばさりと、肌触りの良い布を剥がしました。そして姿を現したのは、奇妙な日本刀が一振り。

 黒色の鞘、空色の柄、黄緑色の巻紐、配色が珍しい日本刀ですね。ただ、珍しい分には良いのですが、私の心臓は動揺しているように激しい鼓動が胸を打っています。

 ほう、と短い相槌を打つ雄三郎さん。どうやら雄三郎さんもこの瞬間だけで何かを感じたのでしょう。

 カナは少し訝しむ様子を見せていますね。眼を細めています。

 私は恐る恐る手を伸ばしてその刀に触れます。まるで砂で出来たお城を崩さないような慎重さで。

 次に鞘を抜いて刀身を見せます。私も刀身を見るのは初めてです。

 息を呑みます。乾いた喉に生唾で潤そうにも効果はないようで。

 不安が、緊張が、動揺が、怯えが、私の身体中を駆け巡ってしまい、もう何がなんだか分からなくなってしまう。

 この感情は何? この感覚は何? どうしてこんなにも苦しいの? 息が詰まりそうで、苦しくて、頭の中や心が何かと何かでごちゃごちゃに混ざり合って無理やり押し詰められてーー。


 早くこんな思いから逃れたいあまり、私は無意識に鞘を抜いていました。

 後悔? いえ、これはそんな生易しいのではありませんでした。この時初めて知った一つの感情。


 恐怖だ。私の人生の生涯となる恐怖です。

 白銀色の美しさを放つ刀身。鏡の世界、もしくは氷の世界に迷い込んだ感覚に陥るほど美しく、何物にもそして何者にも汚されることない誇りを持つ。

 脈を打った感覚。生きているんだ。

 日本刀の重さは生物味を実感してしまうほどの重さ、刀身から放つ輝きから感じ取れる誇りと孤高、それらを知った上で自身が唯一無二であることを誇示しているようです。

 雄三郎さんもカナも、この世のものではない何かを見せられている様子で、同じタイミングで息を呑みましたね。

 雄三郎さんは瞳孔を開いて眼を離せないでいますし、カナは驚きから何か羨む様子で魅入られているでしょう。

 浮世離れをしたその存在感に圧倒されている二人を横目で、私はまた深いところまで潜る。

 日本刀がここまで存在感を示すのには理由がある。それは私だけが知る事実と経緯があるわけです。

 深海の底を覗くように、この日本刀の本質を知るため深いところまで注視してしまう。無意識、またはそうさせられてしまうように。

 お父さんが死ぬ間際で打った日本刀は、芯の奥まで、まるで血液のように熱を帯びていて、何物にも折れない強い心を持っていて、それでいて鼓動を続ける。

 私の魂を燃焼させてしまうほどの熱さ、柄を持つだけで伝わったのはそんな熱量と、生き続けるために抗う意志。それから燃え盛る魂を宿していることに気付いてしまい。


 嗚呼、そういう事ですか。


 私はこの熱、心、魂を良く知っています。だって、誰よりもそれらを観てきたのは私ですよ。知らないはずがありませんし、気付かないはずもありません。

 お父さんーー貴方は死してもなお打ち続けるのですね。小槌を握って、炭を燃やして、鋼を打って、水に漬けて、そっちの世界でも刀工を続けているのですね。

 これじゃあまるで。


「生き写し……ですよ」

「……なるほど、良い表現じゃな。まさに的確であろう。これは生前の鉄心殿そのものであるか」


 お父さんがそっくりそのまま日本刀になった。いえ、お父さんの魂が日本刀へ乗り移った、と言うべきでしょうか。

 私は思わず口にしてしまいます。


輪廻鉄心(りんねてっしん)……」

「《輪廻鉄心》? ほうほう、世も因果も常も巡り輪の中で廻り廻る。運命は選ばずとも辿るもの、巡り廻ることが理であり、運命と引き合ってしまう。抗えないとはこういうところじゃろ。鉄心殿は死ぬ間際まで鍛刀を続けていたと聞く。それもただ好きだから、生き甲斐だからではなく、縛られた運命を辿った先の因果、巡り廻った最期じゃな」

「やけに、嬉しそう……ですね」

「がーっはっはっはっは! そうじゃ、わしは嬉しくて嬉しくてたまらんのじゃ!! あの時の鉄心殿の言葉は今でも覚えておる。それが現実に、わしの前で実現したのだ! くっくっくっくっくっく、流石はわしが見込んだ男じゃ鉄心よ!! わしは今、満たされておるぞーーーーっ!」

「言葉、ですか?」

「知らなくても良い! それはわしが墓まで持っていく予定じゃ! よし、約束じゃ! 諦めようではないか鉄心よ!! お前との賭けはわしの完膚なきまでの敗北として認めようではないか」

「はあ、何がなんだか分かりませんが……」

「お父様が壊れましたわ」

「何を言う、わしは正常じゃあああ! 子供のお前達には分からんことじゃよ。これは大人の限られた話だからのう、知らなくても良いことだ」

「そうですか」

「お父様が正常? 初めて聞きましてよ」

「天晴れ! 天晴れじゃぞ漆 鉄心よーー!! がっはっはっはははははーー」

「天晴れですか?」


 カナの言う通り雄三郎さんが壊れましたよー。それより、これを見せられて嬉しいですか。

 私は……正直言って嬉しくありませんでした。

 お父さんの打った日本刀で嬉しくないなんて初めてでした。

 だってその日本刀は、《輪廻鉄心》は、私にとって恐怖の対象です。私を脅かすものですから。


「しょうがないのう! 養子の件は無かったことにしようではないか。叶もそれで良いな」

「うっうぅぅ、な、納得いかないわ。わたくしは諦めないわよ」

「そう口で強がってはおるが動揺を隠せておらんじゃろ。美鈴ちゃんはこの輪廻鉄心とやらをわしらに見せて思いをぶつけたのじゃ。言葉だけでなく、想いを形にした実物を見せてのう」

「うっ……た、確かに感銘は受けてしまったのは確かですわ。だ、だけど」

「西園寺たるもの、飲むもの、飲まざるもの、それらを飲まなくてはならないでどうする……あとは言わんでも分かるじゃろ」

「ううう、分かったわよ! もう! せっかくのスズとの愛の巣計画がああぁぁぁ――」

「ふむ、叶は少しわしが構わないといかんかのう。幸恵(ゆきえ)に育児を任せ過ぎたじゃろうか?」

「必要ないですわ! わたくしはスズが恋しいですのよ!」

「カナ、なんかごめんね」

「スズは謝らなくて良くてよ。これも全部はお父様の責任ですわ! ぜっっっったいに養子にできるとか自信満々に言うから、わたくしは安心していたのに! それなのに、それなのに、意味のわからないことで勝手に解釈して、挙げ句の果てには狂ったように笑い出したと思えば、なんか納得して! 何が"賭けに負けた"ですのよー」

「まあまあ、叶よ。寂しいならほら、わしの胸に飛び込んでこんか」

「お・こ・と・わ・り・い・た・し・ま・す! わたくしはスズの胸に飛び込みたいですの!」

「嫌われたものじゃ……そんなに甘えたいなら、幸恵か(のぞみ)の胸で我慢せんかのう」

「お断りします! お母様は"はしたない"と怒られますし、希に至っては死んでもやらないですわよ!! ……なんか負けた感じがしますもの」


 カナの最後の一言は覇気のない小声でしたね。雄三郎さんには聞こえないようでしたが、私はばっちり聞こえてしまいました。

 はぁ、妹さんとは相変わらずの関係ですね。あんなに良い子で出来た妹さんは中々いないと思いますが……というより、妹さんの方から突っかかり、カナはそれを簡単に(あし)らう感じでしょうか?


 何はともあれです、なんとか養子を回避することに成功しました。ただ、ふとした疑問ですが、なんで養子なのでしょう。

 親戚と呼べるようなものはいません。それにお母さんは私が物心つくくらい前にはいませんでした。なので、お母さんの顔は知りませんし、存命しているのかも知らないです。

 お父さんの親戚は絶縁だったような。伝統ある漆の刀工を続けることに反対だった親戚の人達。だがお父さんは、そんな反対を押し切り、この家と工房を守ったらしいです。

 だから引き取ってくれる親戚は誰一人としていないのですよ。だけど、私を引き取ってくれそうな人は親戚以外にはいます。

 懇意にしてもらっているお客様や知り合いは多いです。実際に、鷹島さんからもお誘いを受けました。まあ、やんわりと断りましたが、本当のことを言うと、鷹島家の立地に問題がありまして。

 鷹島家は大都会にあります。私、都会には少しトラウマがありまして、できれば行きたくないのですよね。この事を本人には言えませんでした。それに、鍛刀は続けたいですし。


 話は逸れましたが、私にお声を掛ける知り合いは西園寺家も例外ではありません。

 同情か、それとも親切心からか、またはお父さんが遺言を伝えていたのか、はたまたそれら全てなのか。今となっては真意は分かりませんが、私を養子に迎え入れる流れも自然なものです。

 ですが、何故かどこか引っかかる感じが。魚の小骨が喉に引っかかるくらいの違和感。雄三郎さんのやり方にしてはあまりにも普通で自然。

 普通と言われると甚だ疑問が湧きますが。だって、車の中で養子縁組みの話と称して、密談の内容が秘密裏に進めたとあるプロジェクトという仕事の内容を暴露して――。


 ――あれ、良いのでしょうか? そんな大事な話を私にして?


 断わられる可能性だってありましたよね。いくら自信家といっても、その可能性に気付かないなんてことはありませんよね。だって、()()西園寺雄三郎ですよ。

 根回しを徹底とする、数々の商談や重要会議などに参加して培った特異な話術がある、王族や貴族といった偉い人たちと臆する事なく対談し太い繋がりもある、そんな人がリスクを(かえり)みず秘密事項であるプロジェクトをしゃあしゃあと話しませんよね。


「あの……」

「ん? まだ何かあるのかのう? ()()()()()()ぞ、わしは」

「いえ、その……」


 そんなはずはない、簡単に諦めるとは思えない――。


「私にあのような話をしても――」

「んーー? はて、何の話だったかの〜」


 陽気を演じるような声。張り付けた仮面のような笑顔。惚けたかのような話し方、だけど。

 目は、その目だけは、まるで獲物を前に逃さない肉食動物のような眼光でした。


「あ、いえ何でもありません……」

「そうか、何でもないか。そうじゃ、何でもないような、そんな内容の話じゃからなぁ〜」


 これ以上は話ができなかったです。

 だって、私を見下ろすように見るその目には、私の姿ではなく、別の誰かを映していました。

 それは、過去の誰かを面影に映し、そして珍しい物をコレクションに加えた時の未来を想像に映すような、品定めと算段をしていた、そんな目でした。

 そして、その目の中には、《輪廻鉄心》を目にしてから余韻を感じさせる残像もありました。


 ***


「美鈴ちゃんよ、お茶をご馳走になった、美味しかったぞ。それでは元気でのう。何かあったら、遠慮なくわしや叶に相談をすると良い。いつでも助けになるぞい」

「うぐぐ……もう少しだったのにぃ。スズ、すごく名残惜しいけどじゃあね……でも! わたくしはまだ諦めてはいませんからねっっっ!!」

「う、うん。その、せっかくの養子の話を私の我儘のせいですみません。カナも、雄三郎さんもお元気で」

「良い良い、気にしてはおらんわい。叶は諦めが悪いが……」

「ぜったい、ぜったい、ぜーーーーったいに諦めませんわよー!! 別の方法をぜったいに探して見せるんだからーーっ!」

「あはは……カナの諦めの悪さは昔からなので慣れてます……」


 カナのそう言う所は私と似ていますね。だから親友でいられるのですが。と言うより、さっき諦めたのではありませんか。カナの執着心の深さを再認識しましたよ。

 こうして、カナの恨めしい声を遠くに聞きながら、西園寺一行の帰りを見送りました。

 いや、なんでかカナも雄三郎さんも、話しをすると精神をごりごり削られるのですよね。カナはあんな感じですし、雄三郎さんは気の抜けない会話ばかりだし、特に、何故かは分かりませんが雄三郎さんとの会話は警戒してしまうといいますか、別に私自身が何かされたわけでもありません。

 狙われているなんて正直定かではなく、ただそういう感じをしただけで。

 収集癖の雄三郎さんはプレミアやレアな物品に目がないです。お父さんの娘だから私の刀工に期待しているのでしょうか? それとも、もっと別な理由があるとか。

 んー分かりませんね。とりあえず、一先ずは一件落着ですよね。

 良かったですよ、この場所から離れずに留まることができました。刀工職人として鍛刀も続けられます。だけど、何だろうか……。


 私はあまり気が晴れないんですよね。



 ____________________

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 __________



『第24回、刀工コンクールイン神奈川ーーっ! 最優秀賞でもある五箇伝(ごかでん)相州(そうしゅう)編刀秀賞(とうしゅうしょう)を飾るのは一体誰なのか!! それとも今宵は選ばれないのか。かの有名な五箇伝全刀秀賞を全てもぎ取った伝説の男、漆 鉄心の背中に手が届く者が現れるのか! さあ、皆さん瞬き厳禁です、有終の美を飾る者が現れるかも知れませんよ!』


 少し小さなホール、だけど公民館にしては大きく感じるそんな会場で日本刀のコンクールが開いている。

 マイクを握り声を張り上げる司会者の服装は、目を(つむ)りたくなるほどのキラキラとした青と紫のラメを施し、壇上の天井から降り続く光が反射して、鮮やかなグラデーションを作っている。

 リーゼントでちょび髭を生やした、服装が派手な司会者。お腹の底から元気よく声を上げるため、壇上に立つ12人の出場者の鼓膜にダイレクトダメージ。それでも、耳を塞ぐような行為をせず、黙って姿勢よく立っていた。

 ほとんどの出場者は男性が多く、年齢も30〜40代が多い。若くても20代の男性がいるが、その中でも更に年若い、それでいて女性の出場者がいれば、注目が集まるのは容易に想像できる。

 少し切れ目で鼻筋が良い整った顔立ち。漆黒に染まる髪を、ピンク色の音符をあしらったゴムで束ねたポニーテール。それは肩甲骨まで垂れている。

 物静かそうな雰囲気を(かも)し出している女性は、大和撫子を体現したような見た目。胸は平均以上ほどのスラっとしたモデル体型。

 出場者はおろか、観客席の男性も、当然その容姿に目を奪われる。そして女性は、嫉妬や怨嗟の念を抱かず、何故かうっとりとした表情で見つめていた。

 出場者の壇上前にいるのは、長机に4人の男性がパイプ椅子に座っている審査員だ。

 それぞれに書類が配られており、それは出場者の経歴や応募理由、その日本刀の特徴や特出点、作刀日数から作刀内容、流派や鍛刀地などの詳細を説明文で書かれている。

 出場者の日本刀を順番に、一振りずつ壇上に披露して、審査員の4人が舐め回すように確かめて審査をしていた。

 どれもこれも、その鍛刀地出身の刀匠が作刀したオマージュばかり。自身の師匠と呼べる刀匠の二番煎じ感が強い日本刀を見飽きた審査員だったが、それも10番目の出場者の日本刀を見て一変。

 眼球がくるりと一周してまうほどの驚愕、その後、溢れそうなほどに目を見開いては感嘆してしまう。一目惚れとは正にこのことかと、審査員4人は説得されてしまう。

 鈍色(にびいろ)に輝く刀身、しかし光を浴びた刀身は銀色の燐光を纏う。どこか幻想的な雰囲気を醸し、その雰囲気に呑まれてしまう審査員。

 いち早く我に返った一人の審査員は、すぐ様に刃文(はもん)をチェックする。

 綺麗な白い波模様。その日本刀の美しさを際だたせている。

 その美しさに惚れて、まじまじと観つめる一人の審査員。次々と我に返る残りの審査員も白い刃文を観る。

 先ほどまでは、溜め息を吐き、興味索然とした様子で、飽きを生じていた審査員は何処へやら。

 今は興味深く、感嘆に塗れながら、感動が津々と心を満たされていくのを実感する。中には子供に戻ったように、目を輝かせる審査員もいた。

 後ろに控えている残り2人の出場者。その日本刀を観ても、先ほどの美しい日本刀を忘れられず、余韻も残した状態だったためか、審査員はあの感動が薄れる前に審査を早々に終えてしまう。


『おお〜、早くも審査の方は終えたようです。それでは観客席の方々も、出場者の皆さんも、心の準備はよろしいですか〜? それでは審査員の皆さん! 受賞者に相応しい方を発表した下さい!』


 4人の話し合いはすぐに終わる。そして、代表として一人の審査員が席を立ち、声を高らかにその名を口にする。


「エントリー番号10番……漆 美鈴、五箇伝相州編刀秀賞を授与する。私、全日本刀匠会代理会長、豊嶋 秀吉(とよしま ひでよし)が贈ろう。おめでとう」

「「「おおおーー!」」」

「ありがとうございます……」

「中々お目にかからない素晴らしい日本刀だった。日々精進を怠らず、更なる鍛錬に励むように」

「はい、精進いたします」


 賞状を受け取り深く一礼する美鈴。観客席から、称賛と驚嘆の声が響き拍手喝采が起こる。

 出場者と審査員も習い拍手を送る。美鈴の目の前にいる豊嶋も、穏やかな笑顔を浮かべて拍手をしていた。

 誰もが気持ちよく、晴れやかに、そして純粋な今の感情から大きな拍手を送る中、やはり出場者の面々は少し悔しさを感じる者もいた。

 ただ、そういう者はちゃんと現実に向き合い、納得した上で自身の結果に不満を持たない。相手を称賛する気持ちがある、人間性を保っている人だ。

 だが、中には嫉妬や怨嗟などで相手の結果に納得いかない人もいる。人間出来ていない人は、残念ながら一定数はいるのだ。

 適当な拍手を送りながら、私怨を込めた目つきで美鈴を睨む一人の出場者もいるということ。

 でも、この場にいる大多数の人達は美鈴を称賛している。たかだか一人の恨みなど大したことはない。


 漆 鉄心が亡くなって2年の月日が経ち、美鈴は17歳となった。高校2年生である。

 順調に発育していき、奥行かさと(しと)やかさを兼ね、大和撫子を体現した女性へと変貌していた。

 目鼻立ちが整った端正さ。多くの男性を意中に止めてしまう可憐さは、触れてしまうと消えてしまいそうになるほどの繊細。


 そんな美鈴は、あの日から更に、鍛刀に打ち込むようになった。そして、ちゃんとその腕は磨きかかっており、着実に実力と技術を蓄えている。

 これまで磨き上げた鍛刀技術は、五箇伝相州賞とも呼ばれる、過去4人ほどしか受賞していない難しい賞を美鈴は、初出場でいきなり初受賞するほどの腕前だった。

 皆の喝采を浴びながらも、何故かその顔には喜びの表情はなかった。

 受賞者の本人が、だ。





 この会場でただ一人、美鈴だけは浮かない表情のまま絶え間ない拍手喝采の中、ただただ漠然と佇んでいるだけだった。

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