プロローグ
登場人物の紹介、物語の設定と世界観、VRMMOの誕生きっかけ、主人公の生い立ちの話です。
現実での話も書いていくのでVRの話までは少し遅めです。
展開が遅めですが私にはどうすることもできんのだ…。
3話か4話くらいでキャラメイク設定の話となる予定です。
悲しいことはいつも唐突に起きますよね。
それは2年前のことです。忘れられない日。
「美鈴、明日の分の炭切りをやってくれ。明日、林屋が来て鋼が届く」
「うん、わかった。でも早いね。出品日まではまだ時間はあるよ? もう2本目を打つの」
「ああ」
「ん〜……なんかお父さん怪しい。何時もなら、依頼の間隔をちゃんと開けて休んでるのに。最近は急に無理に詰めたスケジュール組んでる」
「……安心しろ。明日の依頼が最後だ」
「そうなの? もう、無理しちゃダメだよ」
「……ああ」
お父さんは一言だけ返事をしました。元々、口数は少ないのであまり気にしません。だから、少しだけ心配はしましたが、結局大丈夫かなと思い、これ以上の言及はしませんでした。
この時の私はまだ知りませんでした。お父さんの最後の一言を、その意味を。
あれから1週間後のこと。お父さんは自分の工房で倒れていました。
***
私が産まれた家は代々から受け継いできた歴史ある刀工の家系です。名のある刀工であり有名な漆家。長女漆 美鈴として産まれた私は必然的に幼少期から鍛刀を観てきました。そして興味を持ちます。
私のお父さんは日本一の刀匠です。漆 鉄心の名を知らない者は少ないほど有名ですね。勿論、理由はあります。
それは、鉄心の打つ日本刀はまるで生きている。鉄心の打つ日本刀を目にしたみんなは口々揃えて「生きている」、「意思がある」など、口から自然と漏らすように呟き感嘆します。
感嘆、感銘、感動。お父さんが打つ日本刀の完成度はそれほどまでで、全日本刀匠会の名ある刀匠の職人達からも、漆家歴代の最高峰と認めてしまうほどの実力です。
世界でもその名は知られています。特に他の国の投資家や富裕層、貴族や王族といった錚々たる偉い人達からも一目置かれており、鉄心の日本刀を持つことは一種のステータスのように考えてしまうほどらしいです。
私もそんなお父さんを誇りに思い、ずっと観てきた鍛刀はとうとう我慢出来ずに興味から体験したい、打ちたい、に気持ちが変わりました。
齢6才から始めた鍛刀。普通は子供にそんな危ないことはさせられないでしょう。それに鍛刀を始めるなら全日本刀匠会で5年ほどの修行を積んで、それから何処かの師匠の元で弟子として雇われて初めて鍛刀に携われるのです。つまり、私はかなり異例なんですよね……。
初めは否定していたお父さん。当たり前です。ですが、泣きながら必死にせがむ私をお父さんは観念してしまい、頑固でも有名だったお父さんを娘が頷かせたという話は少し有名です。
そんな偉大ですごいお父さんだけど、どうやら心疾患で倒れてしまいました。
お父さんは随分と前から無理をしていたようです。なのに、誰よりも近くにいた私は気付かないままで。
悔しいです。ほんの少しの異変に気付いてはいました。仕事量が増えたことやどんどん鍛冶の腕が鈍って来ていることや。
それでも私は気付きませんでした。不甲斐ないです。悔しいです。
私は好きな鍛冶ばかりを見て、お父さんを憧れと尊敬の念ばかり向けて、お父さんの体調には何も気にしていないこと。お父さんは私にとってのたった一人の家族という、当たり前のようで何よりも大切な存在であることを忘れてしまっていました。
ごめんなさい。私が一人娘でごめんなさい。目の前のことばかりしか見ていない薄情者です。
悔いても悔やみきれません。命という取り返しのつかないものを失った時、そこで初めて気付く大切なものと背負わなければならない重さがあることを、身をもって知りました。
お父さんが入院してから一ヶ月。私はいつものように学校帰りから病院に寄ってお父さんの様子を見に行ってました。
だけど。
「えええ! また父が病院を抜け出したんですか!?」
「そうなのよね。点滴を勝手に外して、鎮痛剤と発作止めの薬を過剰摂取して抜け出したみたいなの。しかも、ミオコールスプレーを持ち出して。今じゃ、みんな大慌てで探し回っているのよ」
「――すみません、すみません! 本当にご迷惑ばかりお掛けしてしまい申し訳ありませんっ!」
看護師さんに謝罪をしてからすぐにその場を後にします。何故なら、私は知っています。お父さんが何処にいるのか。
市街地から少し離れた小山の中。少し鬱蒼とした木々に囲まれた所に私の家と工房があります。
少し勾配とした坂。舗装されていない砂利道。そんな道を徐々に辿りますと微かに聴こえる金属音がします。
キィン。やっぱり、私の予想通りでした。予想が的中したと同時に急ぐように走ります。
「お父さん! また鍛刀をしてるの?! 早く病院に戻ってよ」
「……それはできん」
「なんで? お父さんの身体はもうぼろぼろなんだよ!」
「それでも……戻らん。美鈴、俺はお前に教えたはずだ。刀匠人の戦場は刀工場、そして死に場所も刀工場だ」
「それは……そうだけど。分かってるけど、そうじゃないでしょう!」
「邪魔をするな美鈴。俺の一生は刀工で始まり刀工で終わる」
「もうっ、 こんな時にまた頑固を発揮させて!」
「見逃せ美鈴。俺は刀工場で死ぬと決めた」
私には分かります。伊達に8年も鍛刀を続けていません。
今のお父さんには、かつて賞賛されるほどのあの頃の腕はありません。完全に衰えています。
玉鋼が形を保っていません。火床の火の温度が明らかに高すぎます。だから、早々に玉鋼が溶けてしまって形が歪になっているのです。
小槌で叩く力が弱すぎます。なので、お父さんからすると鋼が硬すぎると感じてしまい、どんどん火床の温度を高めて鋼を柔らかくしようとしているのです。ですが、実際はふにゃふにゃになるほど今の鋼は柔らかいはずです。それを感じきれないほどお父さんは弱っているのです。
あ、本来は玉箸で掴むはずなのに火箸で掴んでいますよ。これは刀匠失格と言われても仕方ないくらいに信じられないミスです。
多分ですが、小槌すらまともに振れない今のお父さんは重いと感じています。玉箸で掴む握力もないうえに箸自体の重さがあります。その重さと相まって、玉鋼自体の重さもありますから、掴み持つことさえままならない状態。比較的軽い火箸で掴んで楽をしようと考えているのでしょう。
それに、また小槌を外して金床に当てました。そんなことしたら金床は傷ついてしまい、金床が欠けて平らな面がぼこぼこになってしまいますよ。
正直、私は今のお父さんを見ていられません。悲しさが込み上がってしまいます。
全盛期のお父さんは見る影もない。私は悪い夢でも見ているかのような、私の中では認めたくないと思ってしまい病院に連絡を入れてしまいました。
連れていかれるお父さんは恨めしそうです。
誰よりも強い刀匠への気持ちを、誰よりも近くで見てきた私なら分かってくれると信じていた。確かに、前までの私ならお父さんの気持ちを汲んでいたでしょう。だけど私は、もう目の前のことばかりを見るのを止めました。だからお父さんの気持ちを分かってあげたいですが、そればかりを優先してそこしか見ないのはダメだと思うのです。
こんなことを何回も繰り返す日が続き、それが日課のように毎日続きました。
日が経つにつれてお父さんの身体はぼろぼろに。それでも尚、刀匠としての意地、鍛刀への情熱、刀工へ注ぐ熱意は冷めません。
お父さんを刀匠として突き動かすのは煮え滾るほどの熱い魂です。その魂の熱が誰にも壊せない信念を持って貫いているのです。
最早、私でも止められない。身体がぼろぼろでも魂の火は熱く灯し続ける。そんなお父さんの刀匠の生き様を見せられて、私は葛藤してしまいます。
止めたい、だけどお父さんの邪魔をしたくはない。どうすればいいのか、何が正解なのか、答えが分からないです。
工房の辺りを見渡す。どれも歪な形をした日本刀とも言えないような物がいっぱいです。だけど、鍛刀は諦めずに続けていく。
嗚呼、神様。本当にいるのでしたら救って下さい。お父さんも私にも、どうかその御慈悲をお恵み下さい。どうか、私達を救って下さい。
ある日のことです。神様が私のお願いを聞いて下さったのかは分かりません。ですが、まさにこの時が私とお父さんの人生の転機が訪れた瞬間だと思います。
土曜日の真夜中。工房の方から聞こえる鉄を打ち付ける音で目を覚ましてしまいました。
初めてです。お父さんが病院を抜け出して鍛刀をしている時は何時も、私が学校に行っている間の平日です。私から隠れて、邪魔されないように、わざと平日に抜け出して鍛刀を続けていました。
それが今日だけは違います。休日は私が家にいますからお父さんは大人しく病院にいるはずです。だけど、少し離れた刀工場では爛々と光を灯しています。
当然気になった私は近づきますよね。ゆっくりと、引き戸に手を掛けて引いてはそっと覗きました。
言葉を失うとは正にこのことでしょうか。
お父さんの背中から立ち込める熱気。今までに聴いたことのない鉄の音色は響き。熱意を込めた魂は今まさに鍛刀へ宿る時。
あの弱々しい姿はそこにはなく、全盛期の頃の、いえあの頃よりもすごい迫力と集中力、それから緊迫感が刀工場に張り詰めていました。
残りの寿命を注ぐかのように、魂が移り行く瞬間と、これまでに秘めた熱を原動力として必死に打つ姿。
かっこよかったです。私のお父さんはやっぱり偉大だと思いました。
だから私も吹っ切れたと思います。最期までお父さんを見守ろうと。お父さんの望みを邪魔しないようにと。
私はその場でお父さんの鍛刀を見守るように立ち尽くしました。
久々に聴いたあの綺麗で甲高い鉄の音。パチパチと弾ける火の音。急冷させた水の蒸発する音。どの音も好きでした。
鋼は赤く染まる。ただ、おかしなことを言ってしまいますが、私には鋼がキラキラと輝きを放つような綺麗な色に見えました。
まるでこの世の全ての色を凝縮した色。それはお父さんの50年間の刀匠人生を表して、一つの小さな鋼に込めた時に放つ色。
目を離せない。瞬きすらもったいない。この光景を一生まぶたの裏側に焼き付けないといけない。だと言うのに、私の決意を邪魔するように睡魔が遮りました。
視界が黒く染まる中、お父さんがよろよろと立ち上がる姿はその日の最期の光景となりました。
いつのまにか朝になり慌てて起きた私です。体には毛布が掛けられていました。どうやら工房の隅でリスのように丸まって寝ていたようです。
頭の中は不思議と澄みきっています。寝起きだと言うのに真夜中の光景が脳に直接貼りついた感覚があり、起きた瞬間にはお父さんのいた位置へ顔を向けます。
倒れていました。
力なく、ぐったりと、生気を感じられない無機物のような、糸の切れた人形のように……。
だけど、その表情はどこか満足しているようで。
すぐにその理由が分かりました。
この瞬間は今でもはっきりと覚えています。忘れるわけがないですよ。あんな光景を。
倒れているお父さんの近くには異質な存在感を放つ一振りの日本刀。
たった半日で完成させることは無理です。なのに、そこには立派な日本刀が一振り。
刀身だけではないです。日本刀の全ての部位、鞘、鍔、柄まで。分からないと思いますがもっと細かく言うと、目貫や柄巻き、笄から鐺まで全て。頭から足先まで全て揃った一振りの日本刀があるのです。
夜中だけで刀身はおろか完全な日本刀を完成させることは不可能です。もちろん、私はこの日本刀を家で見たことはありませんので元々あったというのは有り得ない話です。
それに何でしょうかこの感覚。あの日本刀は鞘に納まっているのではないような。何となく、黒の鞘に納められている、そんな感じがひしひしと伝わってきます。
気になりますが、その日はすぐに病院へ連絡をして救急車を呼ぶことにしました。
その後はお父さんが既に亡くなったことを知り、式場の予約やお葬式のプラン、市役所で死亡届の手続きと住民票届けなど、慌ただしい日が3日ほど続きました。
***
「美鈴ちゃん、あんた本当に一人で大丈夫かい? おばさん心配になっちゃうわ」
「いえ、私なら大丈夫です。父の工房は私が継ぐことを決めていました。やっぱり、あの場所を離れたくないです。刀匠はちゃんと父からみっちりと仕込まれていますので、なんとかなると思います」
「そう。もしダメだと思ったら遠慮なくおばさんに連絡していいからね。いつでも引き取ってあげるわ! 美鈴ちゃんなら大歓迎よ」
「ありがとうございます鷹島さん。そのお気持ちだけで嬉しいです」
「もうー、本当にいい子でかわいいわね! おばさんのところに来てくれると少し期待したのだけど、美鈴ちゃんが決めたなら優先してあげないとね」
「あ、あの、はい、ありがと、うございます」
鷹島さんに猛烈なハグをされています。葬式会場のロビーの真ん中でですね。少し恥ずかしいです。
鷹島さんはファッションデザイナーの仕事をしています。訳あって知り合いになりました。
良い人なのですが、過剰なハグは私を揉みくちゃにします。私以外の子もいるのにどうして私だけかな? 理由は私が日本人形みたいだからだそうです。
意味が分かりません。その理由からすると、鷹島さんは本物の日本人形を抱きしめて頭やら体やらをわちゃわちゃと撫で回してはハグしているのでしょうか。正直、怖いですよ。
2日続いたお父さんのお葬式。今日が最終日です。私の見知った人達が大勢いますね。
日本刀匠会会長まで来ています。会長は私のところに来て「美鈴ちゃん、いつでもいいから我が匠会でその技術を見せてくれないか」などと言われました。その時は是非お願いしますと、"行けたら行く"と同じニュアンスで返事しました。
葬式会場には職人さんが結構いますね。刀匠はもちろん、木工職人、刺繍職人、たたら製鉄の社長、展示館の館長、何故か料理人まで来ていますよ。
皆さん、私のところに来てはちゃんと挨拶をしてくれます。中には、何処かの刀匠のお弟子さんからやっかみを受けてましたが師匠に殴られていました。当たり前ですよね、葬式会場で関係ない事で騒ぐなどマナー以前に人としてどうかと疑います。
一悶着? は起きたものの順調に葬式は進み、大人特有の入り辛い会話が辺りから聞こえていた時でした。少し喧騒に塗れた会場に静寂が訪れます。
その人が会場に入ったと同時に同世代の女の子の声で名前を呼ばれます。
「スズー、貴方を養子に迎えに来たわよー!」
「ちょっ、カナ! え、え、養子ってなに?! 聞いてないよ!! 知らないよー」
「サプライズに決まってるでしょ。スズを驚かせるためにねっ」
「えーっ! ダメだよそんなの。勝手に決めないでよー」
「いいじゃない! わたくしとスズの仲なんだから。それとも……イヤ……かな?」
「嫌じゃないけどダメだよ。それに雄三郎さんは許してるの?」
「それなら――」
「問題ないぞっ美鈴ちゃんよ!!」
「ゆ、雄三郎さんっっ?!」
挨拶なしにいきなり抱き着いてきた子は叶です。私と同じ歳の子で、少し縁があって仲良くしてくれている親友のような存在です。
そしてその後ろから言葉を被せるように現れたのは、雄三郎さんです。叶のお父さんですね。
初老のような男性ですが、見た目よりまだまだ若いです。そのように見えてしまうのは、高価そうな立派な杖を持ち、腰の曲がった背の低さと白髪だけの髪の所為でしょう。これでも50手前らしいですよ。
雄三郎さんの登場に周囲の人達が耳打ちで会話を始めます。
「あれ西園寺グループの社長よ。お金の亡者だわ」
「どうしてお金の亡者がここへ? 美鈴ちゃん知り合いなのかしら?」
「西園寺グループのお嬢様と知り合いとはたまげたのぅ。かなり深い仲と見たわい」
「西園寺ってアレだろう? 日本きってのグローバルグループ大企業。雄三郎いるところに金が在り、みたいなの」
「湯水のごとく金を使ってはそれ以上に稼ぐみたいな?」
「俺、ATVで観たぞ。あの社長、"わしはお金を稼いでいない。お金の方からわしに寄ってくるのじゃ"とか言ってた。しかも、がっはっはって金持ちがしそうな笑い声を上げてた」
「清々しい金の亡者だな。なんか憎めないんだよなぁ」
西園寺グループ。日本きってのグローバル企業で世界30各国以上まで展開させ、あらゆる企業に手を出しては纏めながらサポートやスポンサーを行う。その大企業の総社長が西園寺 雄三郎なのです。
時代の最先端を行く。この言葉がぴったりなグループ企業で、何時も新しいことに挑み続けては成功を収め、日本の経済に大きな影響を与えてくれます。
一つ伝説的な話があります。
数年前、世界的に爆発的で蔓延したムンナーという感染病が突然発症しました。爆発的に蔓延することをパンデミックと言うらしいですね。
実は私、このムンナーに掛かりました。生き地獄とは正にあの事なのですよ。
嘔吐、吐き気、腹痛、高熱は当たり前。恥ずかしいですが、下痢も止まらないですよね。食べ物を口にした瞬間にすぐですよ。だから、食べ物を口にする事は出来ないので、栄養点滴だけで凌ぐしかないのです。
感染力が強いので部屋は隔離。誰も何もない場所で一人寂しく孤独感を味わいながら苦しむ。最悪ですよ。
浮き足立つ日本政府。対策を講じるも良い案もなく簡易的。そしてどんどん感染者が増えて病院では人手が足りない状況。
もう、国民からは大ブーイング。不満を爆発するかのようで、とうとう武力行使と言うのでしょうか? 激しいデモまで勃発。
ここで救いの手を差し伸べる者がいます。その人が何を隠そう西園寺グループの社長さん、雄三郎さんですよね。
ありったけの大金をつぎ込んで、自身が展開している各国へ緊急伝令としてすぐ様特効薬の開発を急がせました。
因みにこの時、惜しみなく突っ込んだ大金の総額は日本が抱える借金をゆうに超えているという本人談。顔を青くした私が言葉をたどたどしく訊ねると、本人は笑いながら何ともないと、言っていました。なんて大らかで軽々しいのでしょうか……。
雄三郎さんの鶴の一声で西園寺グループの医薬業が特効薬をすぐに完成させました。
流石は西園寺印の特効薬。効果は抜群です。私もその薬で命を助けてもらいました。ありがとうございます。
また、西園寺グループは感染者の多さに病院関係の人手不足問題へ着手。AIを導入することを着眼点に人手不足を解消しようと考えます。
AIの導入で情報技術を更なる発展へ影響させた企業、ITと経営を融合させAIを組み合わせたことで飛躍的な躍進を見せたビジネス企業、日本初のAI導入を試みて大成功を収めたシステム会社など、人工知能の分野がかなり深い他企業や大きな会社を集結させ、ムンナーに対抗するべくとあるマシンの開発に成功します。この時の開発費や人権費、維持費などは全て西園寺グループが負担したという。
それで開発されたのがMNNーext 01という、人工知能搭載人間検査機です。人間ドック型のカプセルに全ての病のデータを入れ、そのデータを基にあとは中に入った患者をAIが勝手に診察してから原因と対策、薬の処方までやってくれる優れものらしいです。
データにない病気の場合、似た症状から幾つかのデータを算出させて予想を組み込むという機能まであるらしいです。また、AIの判断で製薬会社へデータを転送することができるので、処方が追いつかないという対策まで施されています。
この検査機のお陰で国民や政府、医学関係者側も助けられてしまい西園寺グループには感謝してもしきれないほど頭が上がらない存在となります。
西園寺グループの出費は痛いなんてものではありません。ですが初めは無償で貸し出し、後から妥当な値段で利益を取る。相手側は文句など言えるはずもなく、大出費したお金は素でを優に超える莫大な収入を得ることになりました。
そんな西園寺グループの社長さんを国民は陰で"お金の亡者"と呼んでいます。あんな危機的状況でも、お金への嗅覚は鋭いという意味を込めてのことですね。
話は長くなりましたが、そんな凄い人と知り合いの私ですが、きっかけはお父さんの日本刀ですね。
お父さんが鍛刀した日本刀を一目見て感極まった雄三郎さんが、私達の工房へ行進。その時に雄三郎さんの娘であり長女の西園寺 叶と出会いました。
最初は凄い社長さんの娘さんだからお嬢様なのかなと、思いましたよ。女の子なら誰しもが憧れるお嬢様です。
ところがフタを開けたらびっくり。カナは天真爛漫の活発娘でした。必然的に私はカナに散々振り回されるはめに。
しかも、少し注意をしたり断ったりするとウルウルさせた目を向けて、「わたくしのことが嫌い?」などと聞いてきます。
私はそれにすごく弱いです。だからカナの暴挙を許してしまうのですよね。もう慣れましたが。
親友の優しさに突き入れたズル賢い子ですよ本当に! カナの妹さんが教えてくれました。ああ言うのを小悪魔と言うらしいですよ。
そして今、その可愛らしい小悪魔が私の胸に飛び込んでは養子宣言。いえ、困惑しかありませんよね。
「はあ〜……久しぶりのスズの温もりと匂い〜幸せだわ〜」
「またおじさんみたいなことを言う。それより、私が西園寺家の養子? その、困るよ私……」
「ええー、いいじゃない。スズと一緒に暮らせるなんて嫁のよう……じゃなくて夢のよう」
「カナ? 願望が入ったよね。同性で何言ってるのよ」
「でも、スズは一人になっちゃうでしょ」
「そうだけど……あの場所を離れたくない気持ちが強くて」
「ん〜、スズは意外と頑固だから養子は難しいわよお父様」
カナの視線を追うと、背後にいる雄三郎さんが自身のポッコリと出てるお腹を叩いてカナの疑問に答えます。
「実はの、養子として迎えるのは他人に言えない理由があるのだよ。うむ、話は鉄心殿のお葬式を終わらせたあとでよろしいかな」
「え、えーと。はい、わかりました」
「なに、身構える必要はない。叶も同席するし安心するだろう。無理にとは言わん、だが考えてはくれんかの」
「わたくしは、スズのやりたいようにやればいいと思っているの。だ・け・ど! わたくしはスズと一緒にいたいわ」
「え、えぇ」
何やら少し大事なお話らしいです。養子と関係あるのでしょうか? いえ、関係あるから他人の耳には入れることはできないのでしょう。
しかし、困りました。なんだか断りにくい雰囲気ですよ。カナまで来てしまっている、有名企業の社長さん直々の会談、人が集まり目立つお葬式会場での約束。
ああ、逃げ場がないですよ。完全に逃がす気がないですねあの社長。これでお話の内容に西園寺グループのお仕事関係が含まれていましたら、私は完全に逃げ道を塞がれてしまいます。
短い会話のやり取りから分かります。場所をあえて人目につく所を選び、わざと人前で"他人には言えない大事な話"があると宣言する。親友であるカナを連れているのも、私に安心感を与えるためのもの。
一流大企業の社長さんの手腕を垣間見た瞬間ですよね。はぁ、このあとが憂鬱です。
***
滞りなく無事にお父さんのお葬式は終わり、火葬して葬いました。ご冥福をお祈りします。
受付のAIロボットが感情のある声で挨拶しています。こう見ると、AI技術もすごく発展していることが分かります。
私はもっぱら家で鍛刀ですが、外の世界は私が知らない間にどんどん進化している感じがしますね。
さて、このあとは恐ろしい秘密会談が待っています。うぅ、胃が重いですよ。最近、忙しいことばかりでしたから疲労と相まって憂鬱感が酷いです。
お葬式にお越しくださった皆様を帰して、普通車の3台分はある高級感漂う黒塗りの長い車に乗ります。リムジンというのでしょうか? この時代には珍しい乗り物です。
なんですかコレは! 車の椅子とはこんなにフカフカなのですか?! 小さなソファーに座っている感覚ですよ。なんで小さなテーブルもあるのです? 未知が溢れていますよ。これは私があまりにも世間が疎いからでしょうか、それとも一般常識から掛け離れたお金持ちにしかできない事でしょうか。多分ですが後者だと思います。
そのリムジンに私と一緒に乗り込む西園寺親子。まさかこんな密閉空間で"お話"が始まるだなんて、予想できませんよ。
わぁ……雄三郎さんの目が獲物を狙う鷹のような眼。逃す気ゼロですね。
「ふむ、さて早速だが先程のお話の続きをしようかの。その前に叶、そこのクーラーから飲み物を出してくれんか」
「はいはーい。スズはオレンジが好きよね。バレンシアの生搾りジュースで良いかしら? 口当たりがさっぱりしていて、それでいて酸味もしっかりしている有名なオレンジなんだって。きっと、スズも気にいると思うわ!」
「え? うん、あ、ありがと……」
更に餌付け。徹底してます。
「おお、柑橘の良い香りだ。うむ、果肉が入っているが酸味は強すぎず、甘味も程よく調和された味わい。飲み易いのう。美鈴ちゃんも一口飲んでみたらどうかな?」
「え、えーと。あとでいただきたいと思います。それよりも、大事なお話とは……」
どうしましょう。私はあのまま工房に残って刀工を続けたいのですが。
私は何かで聞いたことがあります。
これは恐らく商談のようなお話です。相手の出された飲み物を口にするもしくは飲むというのは、相手の提示した条件を飲む、その条件で口付けた、みたいな意味らしいです。
ええと、まだお話の内容は分からないのですが何故でしょう。お話をする前に既に追い込まれていますね、不思議です。
「では本題へ移ろうかの。さて、美鈴ちゃんを養子縁組として迎える話なのだがの、実はその裏にはとあるプロジェクトが関わっているのじゃよ」
「え、えーと。一応お聞きしますが、何のプロジェクトでしょうか」
「ほほう、少し興味がおありかな」
「あ、いえ、その〜」
間違いですよね。聞き返してはいけない場面です。かと言って、そのままそのプロジェクトとやらの説明を聞くはめになりますし。もう、私には何が正解なのか分かりませんよー!
「このプロジェクトは現在、西園寺グループの技術者を集結させ進行しているプロジェクトでの。他にも、他企業などへわしが呼びかけて集結させた大規模プロジェクトを進行しておるのじゃ」
「そうなのですか。大変そうですね」
正直、聞きたくなかったです。
「それでの、美鈴ちゃんには是非とも叶と一緒にそのプロジェクトの試験体になって欲しいのじゃよ」
「試験……体でしょうか」
何故でしょう。すごく危ないお話に聞こえるのですが。
私が少し難色を示した表情を見せると、カナが横から安心させるためにフォローを入れてきます。いえ、これは雄三郎さんの援護でしょうか。
「大丈夫よスズ。試験体と言ってもわたくしも何回かやったことのあるやつよ」
「カナがやったことのある試験? それって」
「ゲームよ、ゲーム! 仮想空間を体験できるVRを改良して、視覚だけじゃないもう一つの世界を五感全てで疑似体験できる、完全な仮想空間の中を自由に遊べるVRゲームなのよ!」
「はい?」
えっと、ぶいあーる? かそうくうかん? ゲームを詳しく知らない私には難しい言語で会話している気分ですが。
「スズには難しいお話だったかな? つまりは現実とはまた違う別空間でもう一つの仮初世界で自由に過ごせる遊び。で伝わるかな?」
「うん、ごめんね。全然分からないよ」
「んー、なんて説明すればスズに解ってもらえるかな」
「なんだか分からないけど。なんとか理解したのは、その仮想空間と呼ばれる所の中に入るということ?」
「そうそう! その作られた世界の中に入って遊べるのよ」
「ええと、その場合は現実の体ごと入るということかな?」
「え、違うわよ」
「え?」
え? ますます理解が出来なくなりました。
私がなんとか理解出来たのは、その作られた世界という仮想空間に生身で入って自由に遊べるということ。
想像したのは、何処かの大きな部屋の中を仮想空間という擬似的な世界にして生身で入ってゲーム感覚で遊ぶ、だと思ったのですが違うようです。
では、その仮想空間とやらにどうやって入るつもりでしょうか?
「ふむ、今まさに疑問に思っているだろう美鈴ちゃん。そう、美鈴ちゃんには我々が総力を決して作り上げたプログラム世界に入ってもらう試験体になってもらいたいのじゃよ。要は試験運用、実用化の目処と可能であるかということ」
「私は人柱の役に選ばれた感じでしょうか」
「いやいや、そうではないぞ。娘の親友にそんな危ないことはさせん。実はというと、開発段階は既に最終審査を通過しておるのじゃ。あとは、テストプレイとして多くの人に試運転してもらいたいのじゃ」
「わたくしは既に参加を決定しているわ。でも、わたくしはスズと一緒に楽しみたいと思って今回で踏み切ったのよ……」
「あ、そうだったのね」
「わたくし、スズと一緒にゲーム内で遊びたいわ。スズは……わたくしと遊ぶのは……イヤかな?」
「――うっ!? そ、それは嫌ではないけど」
「ダメ……かしら」
「だ、だダメじゃないけどー」
どうしましょう。私の弱点を的確に突いてくる親友。ピンチです、とても断れないですよー!
その上目遣いやめて下さい! 涙組まないで下さい! まるで私が悪者みたいではありませんか。
うぅ、雄三郎さんも意地が悪いですよ。カナを連れてきた大きな理由ですよねこれ。私が苦手とされている小悪魔カナを発動させるためだけに連れてきましたよね絶対。
こんなの、こんなの、断ることが出来ません。
せっかくお父さんの意志を継いでやっと私も鍛刀が出来るようになると思いました。その矢先に養子として迎え入れられたり、ゲームのテストとして試験人になれと言われたり、まだお父さんが最期に残したあの日本刀をあまり目にせず離れることになって――。
この時、私はあの異様な存在感を放つ日本刀を思い浮かべました。
あの何処か浮世離れした日本刀です。その時、私は自然と口から言葉を発していました。
「あの、少しお父さんの工房へ来てくれませんか? 見せたいものがあります」
「うむ? どうしたかね」
「先程のお話。父が最期に残したあるものを見てもらい、それからお答えしたいと思います」
「ほほぅ、良いだろう。これ、今すぐに美鈴ちゃんの家に向かうのじゃ」
「了解致しました」
雄三郎さんが運転手さんへ声を掛ける。雄三郎さんの瞳は少し物珍しそうな喜色に染まっていました。対するカナは少し不満そうでした。
あれを見せれば雄三郎さんもカナも考えが変わるはず。このピンチの状況を打破できるはず。
私はそう思ったのです。ですが、この時の苦し紛れの選択が私の人生を大きく変えてしまうことになるとは思いも寄らなかったです。