エピソード
初めまして潤瀬です。
いきなりですがご注意点。
作者はVRMMOについてにわかです。一応、勉強はしていますがそれでも知識不足が否めないです。
また、ゲーム設定もあやふやとした部分があると思います。
矛盾していたり、間違った知識があったり、説明が足りなかったり、分からないことが多々あると思いますので、是非ともコメントでご指摘下されば幸いです。
突然だがネット上でとある噂を耳にする。
知っているか? LSLFの都市伝説。
あー、知ってる知ってる。正体不明の鍛冶師だろ? 確か、最前線で攻略してるトッププレイヤーの数人が持ってる武器を作ってるってやつ。
そう、それそれ。めっちゃ特別感満載の武器。いいよなぁ〜アレ。俺もほしいも。
干し芋なら勝手に食ってろ。だけど確かにいいよなぁ〜。いったい誰が作ってんだろうな。
辛辣過ぎん? てか、あいつらも口を割らねーんだよな。なんかその鍛冶師と約束とか何とかしてるみてー。
情報とか少し落としてくれっけどさ、未だ正体が割れねーんだよなぁ。なんか変な謎解きしてる気分だわ。
ほんそれ〜。俺もつおい武器ほしいもー!
だから干し芋なら勝手に食ってろ。てか、武器が干し芋なん?
お前辛辣過ぎんだろ。笑えよ。
くさくさくさくさくさ。はい、これで満足だろ。
いや、草。
それよりも次の街に行く道中のボスよ、なんでレイド系のドラゴンなんかを――
あー、アレな。今――
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「お前ら囲め囲め! タンクは〈挑発〉のアーツを切らさずにヘイト管理をきっちりと、魔法職は詠唱時間に入れ! 弓と砲撃部隊は連射重視のアーツ、接近部隊はタンクのヘイトを剥がさない程度の火力でのアーツ、詠唱中の魔法で高火力をぶつける。魔法で一気に片をつけるぞ!!」
「「「――おう!」」」
剣撃と衝突音、刺突音などが織りなすことで生まれた喧騒。その中で負けないくらいの大声が聞こえる。
銀色に輝く頑丈そうな鎧、片手には分厚くそれでいて自身の身長以上はある槍、それは聖騎士を彷彿とさせる姿。大衆の群れの中、先頭で指揮を執っている者が先ほどの大声の発生源だった。
銀の鎧を着こなす青年の視線の先には何か大きな存在がいる。青年を含めて総勢60名の人の影、彼等が群がるのは人を簡単に踏み潰せるほど大きいドラゴンである。
マグマのように赤い鱗で覆われ、羽ばたかせたら大木が折れそうなほどに強い風を起こす翼膜、有象無象を簡単に一蹴させる太い尻尾。誰もが恐怖を抱く凶悪な顔付き、頭部からは天高く伸びる2本のツノ。彼等の前に立ちはだかる様は、まるでこの先を通りたいのならオレを倒してみろと、言っているように思えるほど。
目の前の凶悪なドラゴンと対峙している人々の影。よく目にすると、多種多様な姿形をしていた。人間から人間に近い種、中には人間ではない者もいる。彼等は所謂プレイヤーだ。ゲームの中の主人公になれる存在。
彼等は力を合わせて目の前のドラゴンを倒そうとしているが、流石はドラゴン。やはり一筋縄ではいかないようだ。
先ほどの聖騎士のプレイヤーの指示通りに動く彼等だが、剣はその硬い赤の鱗で弾かれ、飛来する弓矢は翼膜で強風を起こして払われ、大きな盾を持つ者はドラゴンの立派な尻尾で薙ぎ倒されている。
防戦一方、いや一方的が適切だろうか。完全にドラゴンが優勢でこの戦いを終始、プレイヤー側は苦戦を強いられている状況だ。
ダメージを負った者は、後方で待機している清潔な白を纏った魔法使いプレイヤー達が魔法で傷を癒す。しかし、魔法も無限ではない。少しずつ魔法の効力が落ちてきた様子で、何もない空間から紫色の不気味さがある液体の入ったビンを取り出して飲んでいるプレイヤーが多くいる。守られる側の彼等も必死の様子。
次から次へと倒れていく接近専門のプレイヤー、その者達を癒す魔法プレイヤー、必死で体を張って盾で守ろうとするプレイヤー。永遠とそんな光景が続くと思われた。
その時、ドラゴンの咆哮が界隈の空気を震撼させる。同時に、大きな尻尾が鞭打つように地面を2回叩く。その行動を目にした聖騎士のプレイヤーは更に大声を張って注意喚起をする。
「あれは……――まずいっ! タンクはスキルを発動させて最大のアーツで守れ。接近職のみんなは直ちにその場から離れろ! 早く――」
聖騎士プレイヤーが全員に指示を出す最中、その声を遮るかのように太い尻尾が横薙ぎで襲いかかる。
地面を抉らせ、土煙を起こして、自分より矮小な存在全てを巻き込む大きな尻尾が迫る。
それだけではない。迫真の勢いで迫る尻尾には炎を纏っているのだ。何もかもを融解させてしまうような紅蓮の炎。必死で剣を振るっていた者達は、今度は必死でその場から退避しようと離れていく。だが、逃げ遅れた何名かはその炎の尻尾に巻き込まれてしまう。
盛大に砂煙を巻き起こす中、砂塵と共に巻き込まれたプレイヤー達は体を光らせて虚空に溶けていくように消えていく。
光の鱗と言った表現が正しい。一枚一枚が、自身の体から剥がれて、落ちていくのではなく虚空へと上昇しては消える。なんとも儚く、そして切ない瞬間。光となって消えていくプレイヤーも寂しそうな表情を浮かべていた。
「グオオオォォ」
もう一度の咆哮。だがそれは何か行動を起こす前触れではない。その咆哮はドラゴンが高揚している証。まるで背景に集中線が描かれているほどの迫力がある。
気分を高揚させると、ドラゴンは見下すようにプレイヤー達の様子を伺う。そんなものかと、次は何をするのだと、圧倒的な強者の余裕から生まれる見下した方。もっとオレを高ぶらせて見せろと、言わんとしている眼。
大楯を持つタンクプレイヤー達は何とかあの炎の尻尾薙ぎ払いに耐えたが、何名かは光となって消えた。完全に防ぐことができなかった。それだけではなく、大楯を持つ者のほとんどが火傷を負ってしまう。悲痛な声で治癒魔法を求めている。
悲惨な状況はまだ続く。先ほどのドラゴンの攻撃により、纏っていた炎が辺りへと引火。環境ダメージへと変貌したボスフィールド。乱数10〜15の継続的なスリップダメージが生まれ、ますます地獄を展開させている。
そんな惨憺たる光景を目にするドラゴンは、期待外れとばかりに鼻を鳴らす。鼓膜に届くように、自身を倒そうとする相手を奮い立たせるようにわざとらしい演技を見せている。
残り40名ほど。このまま戦況が最悪なまま戦いは終わってしまうかと思われた時、長い間詠唱していた後衛部隊である魔法職プレイヤーの準備が整った。
それに合わせて聖騎士のプレイヤーも戦闘準備に入る。時が来たと、待ちわびていた他のみんなも聖騎士のプレイヤーを見習うように態勢を整るとすぐ行動に移る。
魔法職プレイヤーの長い詠唱で発動する圧倒的な火力。一気にドラゴンの体力を削った後、硬い鱗の防御力も一緒に削ぎ落とす算段。それまでに、できるだけ多くの味方が生き残るよう後方に過剰なくらいの支援職のプレイヤーを配置し、この時のために多少の犠牲を出してまで築いた、たった一筋の勝ち道。全てはこの一手のために。
聖騎士は叫ぶ。
「今だ、放て!」
「「「〈ハーマゲドン〉発動」」」
いつのまにか魔法職プレイヤー達の頭上に現れた光の団塊。それは上位職の魔法職が会得できる最大級の魔法。
魔法職にも色々と職業は別れるため、それぞれが得意な属性とそこから派生した職業で魔法を極めるプレイヤーが多い。だけど、〈ハーマゲドン〉は初歩的な魔法である光魔法の3次職から変わる極光魔法の熟練度を極めれば覚えられる。つまり、ポイントで光魔法を取って極光魔法まで育てれば誰でも発動ができる最大級魔法ということだ。
今回、完全攻略を目的として集めた魔法職のプレイヤー達。その中でも攻撃魔法に特化した上位職を集め、更には光系統の魔法を得意とした職業を極めるプレイヤーを厳選し、15名のより優れた魔法職が抜擢されたプロ集団。そんな上位の魔法職プレイヤー等が発動させた〈ハーマゲドン〉は流石のドラゴンでさえタダでは済まないだろう。
最上級の大魔法、詠唱にかなりの時間を費やすが、そんなデメリットもプラスへ変えてしまうほどの高威力。普段では使えない大魔法でも、このようなレイド級のボスや集団戦闘では絶大な力を発揮するのが大魔法である。
頭上に浮かぶ光の団塊はやがて太陽を彷彿させるほどの大きさへと変えていく。思わず目を瞑りたくなるほどの眩しさ、装備を脱ぎ捨てたくなるほどの熱量、森フィールドを飲み込もうとする大きさ、この辺りの全ての光を集めたような塊は塊集へと変わり。
そして今、ドラゴンへ放たれた。
音は無い。ドラゴンごと地面を飲んだ光の塊集は、莫大なエネルギー解き放つように森全体を包み込む。
無音と真っ白な世界の中、やがて聞こえたのは耳をつんざくような叫びだった。
「グギャア"アァァァァ」
悲痛、苦痛、激痛、鈍痛、疼痛、心痛、ありとあらゆる痛みが篭るドラゴンの叫び。もがき苦しむドラゴンの影がシルエットのようにくっきりと映される。
喉を搔きむしり、足をバタつかせ、尻尾を振ります様。絶え間ない苦しみと痛みに耐え、暴れに暴れるドラゴンを模した濃い影。
誰もが確信する。勝利を、戦いの結末を、その未来を夢見る。しかし、それは所詮ただの夢でしかないことを。
森を包み込む巨大な光は徐々に小さくなる。力を失っていき、光エネルギーを放出させきった〈ハーマゲドン〉は架空に消えて霧のように飛散する。
光に飲まれたドラゴンの死体を拝もうとするプレイヤー達。だが、彼等の目に映した光景は地獄のどん底へ叩き落とすものだった。
「グゥァ……グオ"オ"ォ"オ"ォォ!」
「な、なん……だと」
最悪な光景に思わず漏れた一言。絶句だった。
ドラゴンが倒されなかったのはいい。当初の作戦では、〈ハーマゲドン〉を喰らい弱りきったドラゴンを全員で一斉に叩くという、シンプルでありながら確実で安全性があり効果のある作戦だからだ。何なら一番犠牲を出さなくても良い作戦でもある。
しかし目の前にいるドラゴンは、先ほどとは全く異なる姿を見せる。ダメージは確かに負っている。だが、先ほどまでの赤いドラゴンは何処へやら。光の中から現れたのは黒いドラゴンだった。
まるでマグマを冷やし固めた黒、見るからに硬い鱗、それ等を頷けてしまう黒いテリ。反射する太陽光。哀れな自分等を映す黒い鏡。硬い、絶対に先ほどよりも硬質な鱗だ。
真っ赤に染まる眼光。先ほどまでは黄色だったはず。その眼の色はいったい何を伝える? 怒りか。嫉妬か。高揚か。どちらにせよ、プレイヤー達は一つの感情に身体を支配されているから、その意図もメッセージも解らない。
絶望に突き落とされ恐怖が身体を支配する。プレイヤー達は絶句で唖然としてしまう。
この先の未来など容易に想像できる。始まる。始まってしまう。
ドラゴンの蹂躙だ。そう思うと、一人の人間プレイヤーが躍起になる。
「ぁ、うわあああ! ス、〈スラッシュエッジ〉」
闇雲に振るう剣から放たれる〈スラッシュエッジ〉。上位剣士の3次職で、剣士なら一番最初に覚える〈スラッシュ〉の上位アーツ。ただの威力が少し高めの一文字の斬りにクリティカル率上昇(小)の効果が追加されたのが〈スラッシュエッジ〉だ。
でも、クリティカル率が上がったところで意味はない。それはダメージが通った時にしか効果は出ない。ドラゴンの明らかに硬質した鱗がプレイヤーの剣を阻む。
キイィィィン、耳に残す不快な金属音。あの甲高い音がプレイヤー達の鼓膜を通してすぐさま脳が理解する。
剣と鱗が接触したはずの音。なんでそんな音が出るのだ、と。それほどまでに硬質化したということを。
躍起になったプレイヤーの表情には絶望の色を見せた。
あの甲高い音に続いてもう一つの音が聞こえてしまう。
バキィィィン。
剣が砕ける音。それも、真っ二つに折れるのではなく粉々になる砕け方。
剣を失った剣士プレイヤーはただ茫然と立ち尽くすしかない。目の前にいるドラゴンに対して取る適切ではない行動。だが、それも仕方ない。そんな絶望的な状況では何もできない。
人一人を簡単に飲み込めるほどの大きな口を開けるドラゴン。ズラリと並ぶ鋭利な歯が見えた。それが剣士プレイヤーの見た最後の光景だった。
「くそっ! ここからは魔法と弓での遠距離を中心として行くしかない」
「いや、魔法はムリだ。MPが足りねー」
「そんなの回復アイテムや支援職の魔法でなんとか――」
「それが出来ねーんだよ! どういうわけか、アイテムの使用が不可なんだよ」
「は? それはいったい……」
「ごめんなさい。ホーリーコアのプレイヤー達も〈リザレクション〉でMPがほとんど足りなくて。回復魔法のせいぜい数回分くらいしかないです」
「まじか」
「おい! ステータスを見ろ。知らねーデバフがある」
「はい?」
「なんでしょうかこれ、黒い火のマーク?」
「なんか環境ダメージが増加してんぞ。30ほどスリップダメージに変わってやがる」
「もしかしてこれが原因でアイテムも使えないのでは……」
「はぁ……今回も失敗か」
「この黒い火のデバフを発覚しただけでも十分な成果かと思います」
「んだな。また持ち越しか」
聖騎士の男性プレイヤーと、魔法職の男性プレイヤーと、神官の女性プレイヤーの3人が集まる。話し合いの結果、ドラゴン討伐はまた次回へ持ち越しと決まる。
最後の悪あがきをするため、できるだけ今のドラゴンの行動パターンを引き出す方針へ変更。どうせ敗北するなら、少しでも多くドラゴンの行動パターンを覚えて次回のリベンジに生かす。それは未来の勝利に繋げる行動。
プレイヤー達は色々と試す。遠距離から、近距離から、硬質した鱗に何の攻撃が効いて何の攻撃が効かないのか。属性魔法、武器属性、遠距離攻撃はダメージの通りが良いのか、近距離攻撃はダメージの通りが良いのか。試行錯誤を繰り返して各々が攻撃を仕掛ける。
「〈スクリュードライブ〉」
聖騎士プレイヤーが放つアーツ。3次職槍士のアーツ〈スクリュードライブ〉は貫通力を高めるため螺旋する槍で突貫する攻撃アーツ。そのアーツこそがまさに小さな希望となる。
「グアオォオ」
黒いドラゴンが小さな呻き声を上げる。少しだけダメージが通った瞬間だった。
「なるほど、螺旋系の貫通力に特化した攻撃が通るようだ。少しだけど」
螺旋系のアーツを持つ職業と武器種は槍と弓。魔法職は貫通力の高い魔法もあるが、それは風属性と水属性。しかし、風属性と水属性は今回のドラゴンには不向きな属性。
風属性のダメージ通りが悪い。水属性はあの赤い鱗を早々に黒く硬質化させてしまう可能性がある。防御力無視の貫通ダメージのあるアーツや魔法は限られる。
次回は今回以上に討伐隊を絞って編成する必要がある。寄せすぎるのもまずい。タンクを減らすのは難しい。かと言って支援職を減らすとタンクの体力管理が疎かになる。
弓を増やすのも現状難しい。貫通ダメージのアーツはあるが、弓とアーツの威力自体が低めだ。今回のような魔法職の大魔法で一気に体力を削る必要がある。
そうでないと、ドラゴンのダメージ量が現状上回っているため回復が間に合わない。ジリ貧となって第2形態の黒いドラゴンを目にする前に終わる可能性が高い。
接近を槍で固める作戦もある。だが、槍をメイン武器とするプレイヤーが少な過ぎる。しかも職業を聖騎士へ派生させ、メイン武器である槍の熟練度を上げて槍士にならなければダメージには期待できない。
槍士は派生系の隠れ職業。いったい、全プレイヤーの中で槍士は何名いるのだろうか。その希少性が仇となってしまう。
「ははは……よく考えられてるな……」
聖騎士のプレイヤーが思わず苦笑してしまった。まだ悩ませながら頭を抱えて、編成チームを考え直さないといけないのか。
そんなこれからの悩みを抱えた時、ドラゴンがとうとう動き出す。
天を仰ぎ口を大きく開いた。聖騎士プレイヤーはその行動を覚えている。だけど少し違う。明らかにヤバい雰囲気がビシビシと伝わる。
聖騎士プレイヤーが叫んだ。
「――ブレスが来るぞ!」
同時にドラゴンが大きく首を振って周囲に黒い炎を吐き散らす。
その行動は前回でも見た。ただ一つ、聖騎士プレイヤーが感じた違和感は炎の色。
灼熱の赤ではなく、光を飲もうとする黒い炎だ。
前回はその広範囲ブレスでかなりのプレイヤーを屠っていた。灼熱の炎で半分ほど光となって消えたプレイヤー達。予想はしていたが、ドラゴンのブレスがここまでの高威力を誇るとは思わなかった。
しかし、今回のブレスはただの高威力ブレスではない。
更に広範囲化したブレス、環境ダメージによるダメージ加算でブレスの威力増加と回避不能の確定ダメージ。しかも、先ほどの謎のデバフ効果のおまけ付き。
文字通り、そして予想通りのドラゴンの蹂躙で戦いの幕は下りた。と、思われた。
「ん、なんだ?」
先ほどの黒いブレスで残りのプレイヤーは全員光となって消えた。そんな中、奇跡的に生き残った聖騎士プレイヤーだが、部位欠損により両足が光となって消えている。
仰向けの状態で空を見る。自分もみんなの後を追うようにデスするのも時間の問題だと悟った時、ピコンと脳内に短い音が響いた。
他のプレイヤーからのメッセージ音。システム設定を弄れば、他のプレイヤーからメッセージを受け取ることも可能。聖騎士プレイヤーはフレンド、キルド、関係なく野良からのメッセージでも受信できるよう設定している。
メッセージの内容を確認すると、その内容とメッセージを送ってきた相手に驚愕する。
メッセージ内容にはこう書かれていた。『手伝おうか?』と。
更にメッセージが届く。『パーティ招待を下さい』
聖騎士プレイヤーはそのメッセージを送ってきた相手をよく知っている。聖騎士プレイヤーに限らず、全プレイヤーが知っているだろう。
聖騎士プレイヤーは躊躇いなくパーティ招待をする。
すると、聖騎士プレイヤーの前で何もない空間から一人の人間プレイヤーが姿を現した。
赤のレザージャケットのような服装が特徴的。地面に届きそうなほどに長く、首を隠せるくらいの大きな襟、襟部から見えた裏地は紫だ。
黒のレザーズボンと装飾が施された白いベルト。
そして何より、見た目が自分より若い好青年の雰囲気を醸し出しているのだが、その見た目とは裏腹に存在感を誇張する大剣から目を離せない。
「ありがとう。唐突にメッセージを送ってごめんね」
「全く、あんたが来るとは思っていなかった」
「いやー、なんか放って置けなくてね。ヴォルドさんが倒してくれないから僕が倒すことにしたよ」
「わざわざ嫌味を言うためにパーティ招待を要求したのか? 全く、パーティリーダーの俺が最後まで生き残ってたから招待できたのだ。感謝しろ」
「ははは……感謝するよ。ま、レイドの途中だろうが関係ないね。ヴォルドさん達が攻略できなかったら僕達が攻略していたから」
「っは、いくらトッププレイヤー様でもこの状況で一人で倒すつもりか? レイドパーティを組むならともかく、一人では無理だろ」
「確かにね。だけど、ヴォルドさん達が結構削ったお陰でなんとかできそうだよ」
「おいおい、もしかして」
「安心しなよ。報酬は途中参加ということでそんなに貰えないし、貰った分の報酬はヴォルドさんに譲るから」
「いやそうじゃなくて――」
「話してる時間はないよ。僕はこの先に用があるんだよね」
大剣使いのプレイヤーが大剣を構える。見た目は線が細い身体付きなのだが、その身体の何処から大剣を片手で持つほどの力が出るのか疑問だろう。
存在感を誇張するかのように放つ大剣。透き通った海を想像する青は美しさを兼ね備えている。夜空の星を浮かべるように所々黒い斑点が見えるが、海を連想させるなら透き通る海水の中で貝殻が彩るように見える。
大剣の幅はドラゴンの尻尾の太さと同じくらい。大剣の刃の部分は白でコーティングされており、剣先は少し三日月型に曲線を描いている形だ。
「グアオオオ」
いきなり自身の前に現れた人間に対して短めの咆哮を上げる。威嚇に似た咆哮、それから気分を高めて機嫌を良くする咆哮。強敵だ。久々に骨のある敵が現れた。
ドラゴンは、目の前の敵に対して様子を伺うようなことはしない。最初から全力を出すつもりだ。その上で圧倒的な勝利をもたらして見せつける。
天を仰ぐ動作。先ほどと同じ黒いブレスを放つ初期動作を確認。だが、また違和感を感じてしまう。
巨大な翼膜をめいっぱい広げた。その時に発生した強風が一瞬吹き荒れた。風に乗った熱が頬を掠める。
口の中に溜め込むエネルギーの塊。体内からどんどん集結していく熱が炎を作り出してエネルギーへと変換する。
黒く色付く炎の塊。既に口から漏れ出ている黒い炎は、敵を全力で排除する殺意と久々の強敵との戦闘による嬉々が混沌として黒く染めている。
ドラゴンの初期準備を見ている訳にもいかない。大剣使いのプレイヤーも動き出す。
「スキル[留々解放]発動」
腰を深く落として低い体勢をとる。それから大剣の柄を右肩に乗せて両手で持つ。
すると、青色の光が大剣に集中した。まるで力を溜めて集まる青い光。次第に青い大剣は濃い青を放つように光り出した。
光を放つ大剣は美しさを感じた青から深海と同様の深く濃い青へと変わる。
深海に染まる大剣に刃の部分の白は一筋の太陽光を射しているよう。自然の一部を見ている感覚だった。
ドラゴンはエネルギーとなる体内の熱を集めきった様子。最早、黒い炎は口の中では収まりきれないほどの大きさへと成長していた。
大剣使いのプレイヤーも、濃く深い青色の光を放ち眩くその場を照らしている。
双方共に準備は万端。後はそれを解き放つだけだ。
双方の間に静寂が訪れる。だが、その静寂も一瞬で切り裂いた。
同時、双方が動きだす。
「グオオオオオオオオオオオ!!」
「〈ストライク・フィニッシュ〉」
直線に伸びて迫り来る黒い炎。先ほどの広範囲へ放散するブレスではない、直線で力を集中させたブレス。フィールド全てを飲み込むほどの迫力と破壊力は、炎なのに見ていて恐怖で背筋を冷たくする。
全てを飲み、全てを焼き、全てを消し炭にする漆黒の炎。それを大剣使いのプレイヤーは真っ向から打ち破る。
溜めに溜めた青い閃光。大剣を思い切り振り下ろし光を内から外へと解き放つ。大剣の剣身がそのまま伸びるように閃光が空間を割いた。
地面と空間を割いて放つ深海の閃光。漆黒などものにしないほど眩い閃光だ。逆に飲み込もうとする勢いである。
漆黒の炎と深海の閃光がぶつかり合う。その瞬間、なんと拮抗することもなく、深海の閃光はあっさりと漆黒の炎を裂いてしまった。
きれいに二つに分かれた漆黒のブレスの中を、ぐんぐんと突き進んでいく青い閃光。勢いは弱まることなく、そう時間も経たないうちに黒いドラゴンの元へたどり着く。
その赤い眼にはどのような光景が映ったのだろうか。分からない。視界が自身と同じ黒に染まっていくのだ。
最期の光景がどうだったのか、自身の身体がどうなったのか、分からない。だけど、一つだけ分かったことはある。
それは、満足だったことだ。
***
『テレスリッサ北東のボス⦅傲慢の赤龍グアラ⦆の撃破を確認。ヴォルド率いる{今日こそオレたちは}パーティが討伐に成功しました。次なる街への解放により、以降の流通が復活します。また、レイド級のボスのため戦闘に参加したプレイヤーはデスをしていても報酬を受け取ることが出来ます。注意、⦅傲慢の赤龍グアラ⦆の出現場所が変わりました。同じ場所には出現しませんので、そのまま次の街への移動が可能です』
「相変わらずデタラメな火力だな。どうなってんだその武器」
「まぁ、特殊だからね」
「あのドラゴンが縦に真っ二つだったぞ。おかしいだろ」
「もしかして詮索ですか? マナー違反ですよ」
「うるせー! マナー違反もクソもあるか。あーもう、勝利したのにちっとも嬉しくねーよ!!」
「まあまあ、みんなのためにと思って。今頃、みんなはお祭り状態で歓喜してますよ」
「はあー、マジで嬉しくねぇ。俺たちで倒したかった。言え! 何処で手に入れたんだその武器!! ボスドロップか」
「手に入れた、ですか」
ヴォルドの問いに対して大剣のプレイヤーは少し含みのある答えで返す。
「残念ながら、ドロップでも報酬でもないですね。作ってもらいました」
「鍛冶師か? それほどの武器を作れる鍛冶師だと、有名所じゃあ『虎徹』とか『シンキ』らへんか? 俺も今回のグアラ素材で作ってもらおうかなアイツらに」
「え? 違いますけど」
「は?」
なんとも間抜けな声を出すヴォルド。鍛冶師で有名なプレイヤーはだいたい話題に上がったその二人だ。しかし、目の前の青年は否定した。
ヴォルドは問い質そうとする。だが、青年は人差し指を口に当てて言った。
「残念ですけど教えることは出来ないですね。そういう約束なので。じゃないと、この大剣を修繕してくれなくなります。それに」
ヴォルドは呆然としている。約束? 修繕? 何を言っているのかさっぱり分からん。いや、意味は分かるが隠す必要があるかどうかだ。
青年の続きの言葉。それを聞いて更に疑問が増えて深い思考に陥ってしまう。
「僕はまだ、この大剣を使いこなせてもいないからね。因みに、この大剣を作った人は完全に使いこなせてたよ」
「…………はあぁぁぁぁ?」
「それじゃあ、僕は先を急ぐから。また機会があったら遊ぼう」
「ふざけんなバーカ! チクショ、今日はありがとよ!!」
その場を颯爽と離れていく大剣プレイヤー。その背中を見ながら舌を出して悔しさをぶつけるヴォルド。
この日、難攻不落と言われていたボスを倒したということで、掲示板や街中ではお祭り騒ぎ。ヴォルド率いるパーティメンバーは複雑な気持ちでわっしょいされることになった。
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「ぅん〜……やっぱりすごいですねこの世界。太陽とかまるで本物ですよ」
太陽の光を浴びてそう呟くとある女性。
白い羽織りのような衣装、黒い袴、赤の袴下帯の姿。羽織りの胸部には一つの黒で刺繍された紋章がある。これは所謂、紋付羽織というものだろう。
だが、ゆったりとした現実の羽織りとは少し違う。全体的に一回り縮めたような、ゆとり感が少ない仕上がり。
腰まで伸びた真っ白な髪、丸い眼で鼻筋が通った端整な顔立ち、雪のような白い肌、平均を少し上回る身長、控えめでもなく主張もしていない程良い胸。総合的に見て、スラっとしたモデルのような体型。
言葉遣いや衣装からも感じる、大和撫子をそのまま体現したようなおっとり感。
少し見栄えは悪いが風情のある建物から出て来ると、太陽を一瞥してから身体を伸ばす。
「んー、最近は外にあまり出ていませんでした。お仕事もひと段落しましたし、久しぶりに山頂に行きましょうか?」
今日の1日の予定を軽く立てていると、ふとアナウンスが流れた。
『テレスリッサ北東のボス⦅傲慢の赤龍グアラ⦆の撃破を確認。ヴォルド率いる{今日こそオレたちは}パーティが討伐に成功しました。次なる街への解放により、以降の流通が復活します。また、レイド級のボスのため戦闘に参加したプレイヤーはデスをしていても報酬を受け取ることが出来ます。注意、⦅傲慢の赤龍グアラ⦆の出現場所が変わりました。同じ場所には出現しませんので、そのまま次の街への移動が可能です』
「あー、あのドラゴンを倒したんですか。私も倒そうと思っていたのですが、なにぶん依頼が立て続けに来ましたから。もう、大切に扱って下さいとお願いしたのに」
一人でぷんぷんと怒り出した女性。だが、すぐに気持ちを切り替えて古風を感じる建物の中へ入る。
その時、手首にあったピンク色ゴムを取ると口に咥える。後ろ髪を上手く束ねてから咥えたゴムで留めると、艶かしいうなじが露わとなる長いポニーテールの髪型に変わる。
音符のような装飾を施した髪留めゴム。彼女の雰囲気に合っている。
こじんまりとした佇まいの建物。何故か日本古風を漂わせる建物の中は、彼女から想像も出来ないほどの汚さだった。
いや、汚いと言っても別の意味であろう。物が散らかっていたり、ゴミが散乱していたり、断捨離が下手だったり、そう言ったベクトルの汚さではない。
床の所々に黒い墨のような汚れが点々としてあり、砂のように細かい石の破片で少しジャリジャリしている。
部屋に充満するのは鉄と炭の匂い。男共が彼女を一目見た時、彼女の部屋は女性らしい花のフローラルな香りがすると想像するだろう。
入り口から少し離れた所には、厚い木製の板があり色々な何かしらの道具がぶらぶらと下がっている。
そこから右正面にはドーム状に石で積み上げた竃のようなもの。 一際、部屋の中で異彩を放っている。
「よし、やりましょうか。ドラゴンを倒したらしいので、ハイドラさんが来るかもです。今日も鍛冶仕事をやりましょう」
壁に掛けていた白い襷を手に取ると、袖を少しまくって襷掛けをする。そして気合いを入れるよう言葉を残すと、愛用の小ぶりなハンマーを手にした。
それからしばらく、工房からは熱気と白い煙が風抜け窓から出ており、幾度なく甲高いが不快さはない綺麗な音が、リズム良く聞こえるのだった。
LSLF。Live Second Life Fantasy world on-line(ライブ セカンド ライフ ファンタジー ワールド オンライン)の略語。今、日本で一世風靡している大人気VRMMO 。そんな多くの人を虜に人気を把握しているゲームでは一つの噂がある。
一部のトッププレイヤーが持つ特殊な武器。その武器を作る凄腕の鍛冶師プレイヤーがいるらしい。
その存在を掲示板やゲーム内で騒いでいると、トッププレイヤー達はたちまち注目を集める。しかし彼等や彼女等は、自分達よりすごいプレイヤーがいると謙遜した。
最前線で攻略しながら、次々に数ある栄冠と実績を残すトッププレイヤー達でも一目置くプレイヤーとは何者なのか。
そのトッププレイヤー達から『刀姫』と呼ばれるとある女性鍛冶師。
鍛冶の腕は一級品。一部のトッププレイヤーが持つ特殊な武器を生み出し、そして修繕までするほどの圧倒的な技術力。
それだけではなく、彼女は鍛冶の腕もさる事ながら戦闘もこなす。トッププレイヤーが一目置いているのも、その彼女の圧倒的な戦闘技術の高さを評価しているからだ。
これは都市伝説とまで言わせた彼女の、『スズネ』という鍛冶師プレイヤーの波瀾万丈な物語である。