金平糖からの桃色小太刀
う~む。
俺は今、人生で一番思い悩んでいる。
何がって、桃姫様からお城に滞在せよとのお話を頂いた事だよ。再会を神頼みした程の一目惚れ、その神頼みした以上のご利益が俺の頭の上に降って来た。
だが俺は、頭の中で算盤を弾く。おい、バカにすんなよ? 単純な算術と読み書きくらいできねえと、鍛冶職人として商売できねえじゃねえか。
で、何を計算してたかって言えば、桃姫様の企みだ。俺の剣術の腕は見ての通り、構えを見ただけで分かる素人剣術だ。あとは、俺の瓶割と桃姫様の小太刀の件だが、これは桃姫様が何を考えているのか分からねえな。
それより、勝手の分からねえお城に数日も滞在とか、小屋で暮らしてきた俺の心が耐えられない。
「何か問題でも?」
気付かぬうちに地面に胡坐をかいて考え込み始めた俺を見かねて、訊ねてきたのはお付きの爺さんだ。そこで俺は再び考えた。
偶然にもこの場で桃姫様と再会し、名前まで呼んでいただいた事は望外の喜びだ。俺みたいな素性の怪しいヤツがこれ以上を望むなんて罰が当たる。それにこんな見すぼらしい格好で城内にいつまでもいるのも心苦しいし、出来れば城下で早々にねぐらを探したいのも本音としてあるんだよな。
「俺は見ての通りでして。出来れば早めに城下へ行き、住まいと仕事を見つけたいんですよ」
「ふむ……」
俺の話を聞いた爺さんは、顎に手を当て少しの間考えた。
「ならば今夜一晩くらい良かろう? お主には姫様の話を聞いてやって欲しいんじゃ」
一泊くらいならまあいいか?
……それに桃姫様の話か。
「では、一晩だけご厄介になります」
「うむ。では共に参られよ」
こうして俺は、伊豆下田城に一晩だけ厄介になる事にした。
△▼△
俺が爺さんに案内されたのは、住み込みで働く職人や下人達が寝泊まりする長屋だ。
「ここで暫く休んでおれ」
そう言い残して爺さんは去っていった。
さて、一人ポツンと残された俺はすることも無く、太刀を外してどかりと床に座り、壁に寄りかかって目を閉じた。
――ガタガタッ
不意に物音が俺の鼓膜を震わせる。無意識の内に太刀に手を掛け親指を鍔に当てた。
ああ、これはただの条件反射。島で師匠と修行してた時は、不意打ちや騙し討ちアリなんて場合もあったんだよ。ホント、何教えようとしてたんだ……
けど、そんな心配はいらなかった。引き戸を開けて入ってきたのは町娘といった雰囲気の女。手には畳まれた着物を持っている。
「あ、あんたが弥五郎さん? これね、伊東様があんたに着替えろって!」
「伊東様?」
聞き慣れない名前に俺は首を傾げた。
「ああ、姫様のお付きのお爺ちゃん。あの方、長篠の合戦で跡取りを亡くしてね。その上奥方様にも先立たれて……」
なんか聞いてもいないのに爺さんの身の上話をされたぞ? しかもこの子、自分の話に酔って泣いちゃってる!?
「あのう……」
「あらやだ! 私ったらごめんなさいね? これに着替てね。さすがにそれじゃあちょっと汚くて臭うわよ? じゃあ、外で待ってるから!」
なんだが嵐のような女の子だったな。俺より少し年上くらいかな。多分このお城の使用人なんだろうけど、やたらと気安くて驚いちまったぜ。
着替えて外に出ると、さっきの女の子が待っていた。
「あら、似合うのね! 馬子にも衣裳って言うのかしら?」
うるせえよ……
あてがわれたのは小綺麗な、普通の着物と袴だ。別に正装って訳でもないから、これから行くところはそんなに畏まった所ではないんだろうな。
そして俺は女の子に言われるがままに付いていった。
「ここよ。ちょっと待っててね」
付いたのは比較的立派な一軒家。城内に屋敷があるって事は、それなりに身分の高いお方かな?
「伊東様ー? 前原弥五郎殿をお連れしましたー!」
「うむ。入れ」
おお、奥から聞こえるのはあの爺さんの声だ。
「じゃあ、弥五郎さん、頑張ってね!」
案内役の女の子が、そう耳打ちして走り去っていく。それを見届けた俺はお屋敷に足を踏み入れた。
「失礼しまーっす」
そう一言挨拶すると、奥の部屋から声が掛かる。
「遠慮せんでもいいぞい。入ってこい」
いや、お武家さんの屋敷なんて敷居が高くて。遠慮するなって言われてもなぁ……
「早くしないとお茶が冷めてしまいますよ?」
この鈴の鳴るよう声は!
俺は急いで草鞋を脱ぎ、奥の部屋へと駆け足で進む。そして廊下を滑りながら土下座だ。
「前原弥五郎、遅参致しましたぁ!」
「まあまあ、そう畏まらずに。こちらへどうぞ」
「はっ」
しかし困った。茶の湯が武将の嗜みなんて言われてから久しいみたいだが、俺にそんな作法なんて分かる訳ねえだろ? あの師匠も、さすがに茶の湯まではなぁ……
けど、伊東の爺さんはどっかりと俺の隣に腰かけてきた。茶を淹れた湯飲みと、小鉢に入った得体の知れないもの。それを俺の前に差し出してくる。
それにしてもコレはなんだ? 星形で小豆くらいの大きさ。黄色や白、桃色と色とりどりで可愛らしい。俺は小鉢の中のものをしげしげと眺めた。
「それは南蛮渡来の『こんぺいとう』というお菓子です。甘くておいしいですよ?」
そんな俺を見て、桃姫様がにっこりと笑みを浮かべながら話しかけてくる。
ほう~、そんな珍しいものをわざわざ?
早速俺はその『こんぺいとう』とやらを一口放り込んでみた。ポリポリと小気味のいい音を立てながら、口の中で砕けていく。それはどこまでも甘く、優しい味がした。
「作法など気にせんでもよいぞ? さあ、飲め飲め」
こんぺいとうを飲み込んだ俺に、まるで酒でも勧めるように伊東の爺さんが迫る。流石に俺も苦笑いだ。だけど、そんな爺さんのお陰で緊張も解け、俺達三人は打ち解けて談笑するまでになった。
「ところで弥五郎、あなたの太刀と私の小太刀なのですが……」
ほらきた。これが本命かな?
不意に真剣な表情になった桃姫様が、桃色の柄に入ったままの小太刀を翳して口を開いた。