とばっちり
「どうです? 満足いただけましたか?」
桃姫様が微笑を浮かべながら声をかけてくれた。ちくしょうが。可愛すぎる!
「はい。お見事でした。ですが少々あっけないと言うか――」
俺がそこまで言うと、敗れた富樫がえらい剣幕で怒鳴り込んできた。
「貴様! 今の勝負を愚弄するか!」
「ああ、いや、そういうのじゃなくてですね、もうちょっとこう……長く見たかったというか……」
あれ? なんかさっきより顔を真っ赤にして、激怒してる?
「おのれ小僧、バカにしおって……貴様! 俺と勝負しろ!」
俺の腰の太刀にちらりと目をやり、なんか勝負を挑んできちゃった。どうしよう?
さっきの桃姫様との立ち合いを見る限りじゃ、一瞬で俺が勝っちゃうかな。このヒト弱いし。
「あの~、こんな事言ってますけどいいんですか? 俺、完全な部外者なんですけど?」
一応ね、桃姫様やお付きの爺さん、あとは立会人のお侍さんに視線を投げて聞いてみた。
でも、返ってきたのは三人共に苦笑だけ。なんで~?
「流石に先程のは武士の面子を潰したというか……」
そう桃姫様が遠慮がちに言うと、お付きの爺さんもそれに乗っかってきた。
「うむ。あそこまで言われてすごすごと帰るようでは、それこそ武人の風上にも置けませんな!」
爺さんの方はむしろ富樫を煽っている感じだな。どういう事?
「ほら、得物はコレで良いか?」
そしてついに、立会人のお侍さんが、苦笑しながら俺の所に木刀を持ってきた。ああ、これはやらなきゃいけない流れなんだ……
「姫様はな、強い者に興味がおありだ。盗賊七人を一人で斬って捨てたという、お主の腕前を見たいのだろう」
「え? でも俺完全に巻き込まれただけですよ? それに、負けたら痛いし勝ってもなんの得もないし」
お侍さんの言葉に危うく納得しそうになった俺だが、よく考えてみたらこの決闘には全くうま味がないって事に気付いた。
完全に富樫の八つ当たりだし、桃姫様に至っては完全に自分の興を満たす為だ。
……まあ、可愛いから許すけど!
「まあそう言うな。お主がズバッといい所を見せれば、姫様の覚えが良くなるやも知れんぞ?」
「やりますっ!」
しまった。『姫様の覚え』ってところで脊髄が反射しちまった。
もうそこから先はとんとん拍子だった。相手の富樫にも木刀が渡され、さっきの桃姫様と同じように富樫と向き合う。
「それでは始め!」
開始の合図と共に富樫が上段に構える。これもさっきと同じだな。なら、俺もさっきと全く同じ光景を再現してやろう。
俺も。さっきの桃姫様と同じく中段に構える。
さっきやられたにも関わらず、同じ構えで来るって事は、上段からの斬撃がこの男の必殺の型なんだろうな。
いつもなら、俺は相手に先手を打たせるような事はしないし、先手を打たれてもそれ以上の速度で相手に斬り込む。けど、相手の手の内が分かってる場合はその限りに非ず。
まあ、それが全然通用しねえのが師匠だったんだけどな。
さて、相手の富樫は俺の構えを見てニヤリと口角を吊り上げた。ああ、俺の構えな。多分隙だらけなんだろう。自覚はあるよ。そもそも島じゃ鍛錬とか言っても型の一つも教わってねえし。
そんな俺に、勝利を確信したかのような笑みを浮かべ、そして斬りかかってきた。
「死ねェェェェいっ!」
うわ、このヒト死ねとか言ってるよ。実際、殺すつもりだな、コレ。
△▼△
私と富樫殿との勝負の後も、どこか飄々とした雰囲気のこの少年に、私は興味を惹かれました。
私の中では先程の抜き胴は、完全に決まった見事なものだったと自負しています。しかしこの少年は、口では見事と言っていましたが、それほど驚いてはいないようでした。
前原弥五郎と名乗ったこの少年。聞けば三島の村で七人の賊をたった一人で斬り伏せたとか。もしかすると途轍もない実力者で、先程私が一本取った技も驚くに値しないと思っているのか、若しくは私の技を見極められない鈍らなのか。
丁度よく、この弥五郎が富樫殿を激昂させる発言をしてしまい、二人が決闘する流れになりました。ここは弥五郎の力を見極めるいい機会ですね。
さて、多少の煽りは入れましたが、思惑通り二人は勝負する事になりました。
富樫殿は相変わらずの上段の構え。対する弥五郎は中段の構え。先程の私達と同じですね。ですが私は弥五郎の構えを見て不安になりました。まるで素人同然の隙だらけの構えでした。
腰に佩いた実戦一辺倒のような拵えの太刀。浅黒く焼けた肌としなやかな筋肉。身のこなしは無駄がなく、強者の匂いがしたのですが……私の見立て違いでしょうか?
砂浜で倒れていた時も、兵に囲まれながらも動ずる事なく、胆力も中々のものだと思っていたのですが……
そんな私の不安を余所に、富樫殿が上段に構えたまま踏み込みます。ここまで先程の私との勝負をなぞるように、全く同じ展開ですね。さて、弥五郎はどう出るのでしょう。
「――え?」
決着は一瞬でした。見ていた私が思わず間抜けな声を上げてしまったほどに呆気なく。
富樫殿は声を上げる事も出来ずに倒れ伏しました。その斜め後方にはすれ違い様に斬撃を繰り出したであろう弥五郎が、横薙ぎに木刀を振り抜いた形で静止しています。
はっきりとは見えませんでした。目で追うのが困難な程の剣閃の速さ。
辛うじて分かったのは、弥五郎は私と同じ抜き胴で一本取った事。しかも私よりも遥かに速く、強い一撃で。
これは、面白い殿方を見つけたかも知れませんね。是非手合わせをお願いしなければ!