最終話 報告
「おい師匠、いるか?」
何しに来やがったこのポンコツが。そんな罵声が飛んでくるかと思ったが、師匠は鍛冶場の片隅で静かに煙管をふかしていた。
「……良かったじゃねえか。ちゃんと身内が出来たみてえだな」
こっちに背中を見せたまま、師匠は静かにそう語る。
「ああ。俺の大事な人達だ。で、今日はその人達の紹介と、どうしても聞きたい事があって来たんだよ」
すると、師匠がこっちに向き直り、頭を下げた。
「不肖の弟子がご迷惑をおかけしていると存ずる。私はしがない刀匠の前原と申す」
すると、桃が小太刀を差し出した。
「前原殿。これをご覧下さい」
「これは……随分と懐かしい。昔、私が打ったものですな」
「この小太刀が私と弥五郎を巡り合わせてくれました。それも前原殿のお陰です」
「あなたは……?」
俺の側から片時も離れず寄り添っている桃を見て、師匠が怪訝な顔をしている。
「これは申し遅れました。私は伊豆下田城主、戸田忠次が娘、桃にございます。この度、弥五郎と祝言をあげ、養父であられる前原殿にこうしてご挨拶に伺った次第です」
それを聞いた師匠が、目を見開いてあんぐりしている。
この顔を見ただけで、なんだか今までの苦労が報われた気がしたぜ。
「おいポンコツてめえ! どんな八百長仕掛けたらお姫様を嫁に出来るんだ!」
「八百長なんてするかよ! 俺がイイ男だから決まってんじゃねえか!」
危うく取っ組み合いの喧嘩になるところで、桃、そしておなつさん、孫左衛門が仲裁に入った。なぜこの二人も一緒にいるかってえと、まあ後で話すわ。
俺だと全く会話が進まないので、桃が出会いから馴れ初めなどを説明していく。
「そうでしたか。姫様、何卒このバカモンを宜しくお願い致します。それで、こちらの二人は?」
俺と桃の話が終わったところで今度はおなつさんと孫左衛門の方に話題が移った。
「なあ、俺を拾った時の話、詳しく教えてくれねえか? 実はこのおなつさんも俺と同じく賊に両親を殺されて、連れ去られたみたいなんだ。で、幼い弟がいたらしい。もしかしたら、と思ってよ」
「ふむ……」
師匠は立ち上がると、どこからか小さな小箱を持って来た。その中には、古びてボロボロになった布切れが入っていた。
「おめえがビービー泣いてたのは、小田原あたりの街道の外れだ。そこには惨い姿の男女二人の遺体といくらかの旅の道具、そしてこの布切れが落ちていた。何か手掛かりになればいいんだが」
おなつさんはハッとした顔でその布切れを見ると、いきなり自分の胸元に手を突っ込んだ。いきなり何をするのかと思ったら、首からかけていたお守りを取り出したらしい。
そしてそのお守りを開いて中身を取り出す。そして同じように古ぼけている布切れを出して見比べる。
「――っ!!」
おなつさんは見開いた目に涙をいっぱいに溜め、思わず叫び出したい衝動を抑える為か、口を手で押さえている。
師匠が持ってきた布切れと、おなつさんがお守りに入れていた布切れは、全く同じものだった。
限りなく低い確率で偶然という事もあるかもしれないが、限りなく高い確率でこれは……
「やっぱ姉ちゃんだったんだな」
「……弥五郎!」
おなつさん……いや、姉ちゃんが俺の頭を抱えて抱きしめた。柔らかさに圧し潰されて息苦しいが、ここは我慢するトコだな。
「おう、今日は泊まってけ。せめえトコだが何とかなんだろ」
え? あの小さくてボロボロの小屋にか?
「弥五郎、今日はよい日ですね。私にもあなたにも、家族が増えました!」
そうだな。桃の言う通りだ。桃にとっては師匠は俺の養父に当たる訳だし、父親同然だろう。そしておなつ――姉ちゃんだな。俺達二人の姉ちゃんだ。
そしてもう一人。
「おい、孫の字。そろそろハッキリしろや」
俺のその一言で、孫左衛門が照れ臭そうにソッポを向く。そしておなつ――姉ちゃんも恥ずかしそうに俯いた。
ふふ。そして新しく兄貴も出来そうだ。
▼△▼
戸田の殿様からお許しをいただいた俺は、無事に桃と祝言をあげて夫婦になった。
と言っても、俺にお城の武将たちみたいなお勤めが出来るとは思えず、城内の俺の屋敷兼鍛冶場で鍛冶師として仕事をしている。
お城の備品の手入れや、大人気の弥五郎印の鉄瓶の制作依頼などでそれなりに毎日忙しく暮らしているが、二の丸のお屋敷から桃がこっちに越してきたんで、随分と華やかになったな。
「ねえ、おなつ。味付けはこんな感じ?」
「んー、もうちょっとお出汁を効かせた方がいいですねえ」
そんな桃は、姉ちゃんと二人で台所に立ち、絶賛花嫁修業中だ。
まあ、剣術修行に明け暮れた日々を送っていた桃が、一般的な『女房』の仕事が出来る訳もなく、俺ンとこに嫁いで来てから、こうして姉ちゃんから教わってる訳だ。
ところで、孫の字のヤツも、海賊討伐の一件で殿様の覚えが良くなって、ちょっとしたご褒美を頂いている。
それが、俺の屋敷に隣接した一軒家。それほど大きいモンじゃないが、二人で住むには十分な大きさだ。二人ってのはほらアレだ。姉ちゃんな。
姉ちゃんと孫の字も、師匠に挨拶に行った後で祝言をあげたんだ。必死で口説いたらしいな、孫の字。
そんな姉ちゃんと孫の字はってえと、名目は『桃姫様の護衛』って立ち位置になンのかな。
ほらアレだ。城下に盗賊が出たー! なんて事になったら桃はすっ飛んで行っちまう。だから、単独行動させないように、俺も含めて側にいる訳だ。
「おう、兄貴。コイツを伊東の義父殿ンとこへ持ってってくれよ」
「……なんだかなぁ。あんたに兄貴呼ばわりされるのは、どうも落ち着かないねえ……」
そんな護衛も、桃が台所で鍋をかき混ぜてる間は暇な訳で、俺の助手として都合よく使っている。
都合よく使われている実感があるのかないのか、きな臭い顔をしながら、俺の研いだ包丁を受け取った孫の字はそう呟いた。
――ドンドンドン!
そこへ、けたたましく戸板を叩く音がした。
『弥五郎殿! 桃姫様! 野盗が出ました!』
「よし、行くか!」
桃が、姉ちゃんが、孫の字が、それぞれ表情を引き締めた。
表向きはお城のお抱え鍛冶師。けど、その裏の顔は、城下の平和を守る正義の味方ってな!
今日も甕割で賊の奴らを一刀両断だぜ。
――完――




