褒美
「いや、実はな、お主は決闘の後とっとと帰ってしまったが、他の者らには既に褒美を渡してある」
ニヤニヤしながら殿がそう言う。
「は?」
「残るはお主に褒美を出すだけだったのだが、いらぬと申したな?」
あれ?
この展開、なんかヤバい気がする!
だって桃が何か訴えかけるような目でこっち見てるもの!
「えっと、殿、先程のは言葉のアヤとでも申しましょうか……」
「なんじゃ、ハッキリせんな。言いたい事あらば明瞭に申さぬか」
くっ……やりにくい。あの殿様のニヤニヤした顔を見ると、向こうの手のひらで踊らされている感じがするんだヨォ!
「すみませんでしたぁ! さっきのとか昨日のは嘘です! ご褒美下さいっ!」
土下座というか、もう土下寝? っていうくらい平伏してお願い奉った。
「くっくっく。初めから素直になっておればよいのじゃ。さて……」
ん?
「褒美の話の前に、いくつか聞いておきたい事がある」
「は」
何だ今更?
生い立ちや利島での話なら、すでに桃から聞いてると思うんだが……
「利島の海賊共を、全て一太刀で斬り捨てたというのはまことか?」
「……間違いございませぬ」
「四十人余りをか」
「は」
信じられないのも無理はない。普通は刃毀れして、四十人を全て一太刀などとても無理だ。けど、俺の瓶割は普通じゃない。師匠が打った中でも最高の出来栄えのヤツだからな。
「尋常な腕前ではないと思うたが……ところで、桃を身体を張って守ると申したそうじゃな?」
「は」
「じゃが、そちの出自を蔑む者らが快く思わず、今回のような事になってしもうた」
「……は」
――このままでは、桃を守ると言っても、内輪の中から足を引っ張る者が出てきそうじゃの。
そんな殿様の言葉が耳を通り過ぎていく。
でもなぁ、こればっかりは致し方ないじゃないか。出自を変える事は不可能だ。どう足掻いても、俺は親なしの拾われた子で、鍛冶も剣術も半人前の小僧でしかない。
「そこでそちへの褒美、何が良いか考えたのじゃがな」
そう言われて、俺は殿様の目を見た。
あの面白そうに俺を見ている目。絶対に何か企んでいる。そして俺の反応に期待している目だ。
あっさりと乗ってやるのも癪なんだが、その褒美とやらの内容を聞かない事には反応のしようもないしな。しかも俺から褒美をねだった流れにされちまった。
う~む……
「要は、伊東の家名では重臣共を抑える事は出来んかったという事じゃ」
――!!
俺は殿様の言葉にハッとなった。
そうだな。義父殿には申し訳ないが、結果、そういう事になってしまった。しかも、重臣のバカ息子が四人死ぬ事になったおかげで、義父殿への風当たりも強くなるかもしれねえ。
「自分が思い上がっておりました。桃姫様を守るだけならばいざ知らず、周囲の者達への影響というものを失念しておりました」
俺は殿様に言われ、気付いてしまった自分の至らなさを正直に吐露した。ここで強がったり、見栄を張って何になる?
三島の村人然り、海賊に襲われた漁民然り、利島の島民然り。俺が守れない人なんて五万といる。だったら、せめて目の届く、この手で抱えられる範囲で大事な人を守る為に、敢えて殿様の褒美とやらを受け取るのも悪くないんじゃないか?
「ほう、中々殊勝な事を言う。ならば褒美を受け取ってくれるな?」
「は」
「うむ、では今日より戸田を名乗れ。城主の養子となれば重臣共もそうそう手出しできまい?」
「……は?」
俺は殿様を見る。表情は頑張って真顔にしようとしているが、目が笑っているのは隠せない。
そして横に視線を移せば、桃が愕然とした表情で殿様を見ていた。ふむ、この話は桃も知らない事だったか。
次いでおなつさんを見る。彼女も、『私も知らない』とばかりに両手をブンブン振っていた。
そうか。殿様の思い付きか。
決闘の時から思ってたが、この殿様、俺は好きだな。為政者としての厳しさを持つ反面、偉ぶったところがない。そして何より、娘である桃を愛している。女子は政略結婚の道具としか考えていないこのご時世にだ。
「確かに俺が戸田を名乗れば、桃姫様のお側でお守りする事は容易になりましょう……」
「うむ」
ここで何故か殿様の視線が厳しくなった。だがそれに構わず俺は続けた。
「だが断る!」
断固とした俺の決意表明に、空気の流れが止まったような、そんな息苦しさが室内を支配する。当然か。配下が主君にとっていい態度ではないもんな。
「何故じゃ?」
厳しい視線のまま、殿様が問いかけてくる。なんかちょっと怖い。でもな、ここで引く訳にはいかねえんだ。桃との約束を完遂する為にも。
「俺は、一生涯桃姫様のお側でお守りすると誓いました。いいですか? 一生涯です」
『続けろ』とばかりに殿様が顎をしゃくる。
「桃姫様は俺が頂きまする!」
「弥五郎!」
言っちまった。殿様に向かって嫁にくれ宣言しちまった。桃は感極まって、泣きながら俺に飛び込んできた。
「伊東」
殿様が腹の底に響くような声で俺に話しかけてくる。
「は!」
「よう申した!」
殿様が今までと表情を一変させ、ニッと笑う。
「良かったのう、桃。こやつの啖呵、中々のモンじゃった。じゃじゃ馬のお前もこやつの言う事なら素直に聞くじゃろう」
「父上……」
参ったな。あの厳しい顔も全て芝居か。食えない殿様だ。
「伊東弥五郎! 儂からの褒美を断るなど不届き千万である! よって、貴様には罰を与える!」
「は!」
俺はその場で平伏した。なぜか桃も並んで平伏している。
「貴様は生涯を懸け、そこにいるじゃじゃ馬を守り抜け! よいな! 異論は許さん!」
「はは! 謹んでお受け致しまする!」
殿様はそれだけ言うと、上機嫌で部屋を出ていった。
結局、手のひらの上で踊らされちまったか。ま、結果は最上だったからな。この恩は桃を幸せにする事で返そうか。