決戦のその後に
残るは三人。
俺は慎重に三人の位置関係を測る。そして一人一人の表情。体勢。
――ザッ
一歩だけ、足を踏み出してみる。奴ら、一様に二歩下がる。表情は青褪め、戦意など感じられない。腰も引けている。
バカどもが。漸く自分達が命のやり取りの場に足を踏み入れた事に気付いたか。それとも重臣の息子である自分が殺される事などないと高をくくっていたか。
取り敢えず、三人ともそれなりの距離はある。先に片付けておきたいのは間合いの長い槍のヤツだな。
俺は全身から無駄な力を抜き、やや曲げた膝から下へと力を溜めていく。
予備動作などない。そのまま上半身を前に倒す。それに身体を倒さないようにするために、自然と足が前に出る。初めの歩幅は小さく。回転速度を速めると共に歩幅も大きくしていく。
うん、今日の俺は調子がいい。身体が軽い。速度のノリもいい。槍の男がみるみるうちに迫る。ヤツが動いてる訳じゃないんだがな。
とは言え、正面から突っ込む俺に槍の男も無反応な訳じゃない。槍を構えて合わそうとしている。
けどな……
「ほれ」
俺はおなつさんの忍刀の鞘を投げつけた。別に攻撃を目的にしたようなものじゃない。本当に軽く、ぽいっと放っただけだ。
そう、軽く。ヤツの槍がしっかり反応できる程度の強さでだ。
「むっ!?」
予想通り、ヤツは槍でその鞘を弾いた。
「はい、ご苦労さん」
どんだけ俺を警戒してたのか知らないが、コイツは大袈裟な程の大振りで鞘を弾いた。俺は容易く懐に入り込み、抜き放った瓶割で胴丸ごと薙ぎ払う。
俺はそのまま振り返る事もなく、次の標的へ走る。どうせ槍のヤツは上半身と下半身が生き別れになってる。そういう手応えだったからな。
俺が向かったヤツは顔面蒼白になりながらも、刀を中段に構えていた。だが、袴の上からでも足がガクガク震えているのが分かる。あれじゃあ何も出来ねえだろうな。
予想通り、こいつは俺が近付いても反応する事すら出来ない。ヤツの横を走り去るついでに、俺は滑らかに太刀を滑らせた。こいつも腹から上がズリ落ちていく。
よし、次!
残った一人はもはや顔中涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていた。なんだか萎えるよなあ、こういうのも。
だが、お前らから売ってきた喧嘩だ。諦めろ。
「ひ、ひいっ!」
ちっ……
この期に及んで逃げ出すとはなぁ……
俺は瓶割の鞘をヤツの脚目掛けて投げつけた。回転しながら飛んでいく鞘は、逃げるヤツの脚に絡まり、盛大に転倒させた。
「逃げるな。背中の切り傷は武士の恥なんじゃねえのか?」
「あっ、あっ、あああ……」
うつ伏せに転んだヤツを蹴り上げ、無理矢理仰向けにひっくり返すと、歯をガチガチ言わせながら怯えまくっている顔が見える。
「ちっ……」
俺は落ちている鞘を拾い上げ、血を払った瓶割を収めた。そしてその場を離れ、おなつさんの忍刀の鞘と本体も回収する。なんだか馬鹿馬鹿しくなっちまった。
なんでこんな好きでもねえ殺し合いに巻き込まれ、しかも弱い者いじめみたいな気持ちにならなきゃいけねえんだよ。これが武士の世界だってのか?
「恐れながら、馬鹿馬鹿しくなったのでこれにて終わらせたく存じます」
殿様の前まで行き、頭を下げた俺はそれだけ告げて立ち去ろうとした。
「途中で棄権するは、負けと見なされるが?」
背中から殿様に声を掛けられる。正直勝敗の行方なんぞどうでもいいんだが、無視して帰るのも無礼なんだろうな。仕方なく、俺はまた殿様の方に振り返った。
「ええ、構いません。俺の負けでいいですよ」
「負けたとなれば、敗者の汚名を着るだけのみならず、娘を戦場に駆り出し、海賊共の討伐も卑怯な手を使ってでっち上げた偽りの手柄だと、そう認めた事になるが?」
はぁ。面倒だな。もうどうでもいい事だけど、これだけは言っておこうか。
「俺は武士じゃありません。面子や外聞や見栄なんてものはどうでもいいです。指さして笑いたければ笑えばいい。ただ、俺には桃姫様を守り切ったという誇りがあり、現に桃姫様が怪我一つすることなく帰還したという事実と、海賊の全滅という事実があります。それでいいじゃないですか」
「ほう……?」
殿様はいかにも面白そうな顔で俺をじっと見ている。
「ならば褒美はいらぬと申すか」
褒美?
まあ、いらねえかな。桃の側付きで働かせてもらってるだけで、十分に恩を感じてるし。
「そうなりますね」
「ふむ……お主、後程儂の所へ来い。追って使いをだす」
「は」
やれやれ。今度は殿様から呼び出しか。