手心? 何それ?
忍刀。
俺はいつもの愛刀『瓶割』ではなく、忍刀を腰に差している。
忍刀とは、殆ど反りのない片刃の刀で、刃は打刀よりやや短い。鍔は大き目で鞘の先端が尖っているのが特徴か。色は死ぬほど地味で黒一色。
これは今朝、おなつさんが持ってきてくれたものだ。
「いい? 弥五郎。殺しちゃだめ。これなら峰打ちでもそれほど違和感なく使えるでしょう?」
そうした経緯で渡されたのがこの忍刀だ。まあ、いくら峰打ちと言っても骨は間違いなく砕けるし、当たり所が悪ければ最悪死んじまう。そこは上手く殺さずに済ませろって事だろうと解釈した。
そして、いざ始めようかと五人を相手に対峙していると、俺はちょっとした違和感に気付いた。敵は甲冑姿。完全なる実戦仕様だ。刀が四人、短槍が一人。しかし、その中の一人が矢筒を背負っている。
はあ、こりゃ見下げ果てた連中だ。多勢に無勢は百歩譲って受け入れるにしても、飛び道具まで持ち込むとはなあ。
気が変わった。何が殺すなだ下らねえ。
「おなーつ!」
俺は大声でおなつさんを呼んだ。
「は」
「瓶割くれ」
背後に控えたおなつさんの気配を感じる。瓶割を要求した俺の怒りを感じたのか、はたまた連中の汚いやり口におなつさん自身もキレたのか、すでに瓶割を両手で捧げ持っていた。
「ここに」
そう言いながら俺の左手で掴みやすい場所を移動してきた。俺は無言でそれを掴む。するとおなつさんは音もなくその場から離れていく。その様子見ていた殿様が、ピクリと眉を動かしたみたいだけど今はまあいいや。後で突っ込まれるんだろうし、その時に説明すればいいだろ。
「それでは始めようか。双方とも、正々堂々とな」
殿様が開始の合図を出した。正々堂々のところで何か含みのある言い方をしていたが、あれは弓まで持ち込んできたヤツへの嫌味なんだろうな。
さて、敵は弓を持ったヤツが距離を取り始め、他の四人が俺を囲むような位置に移動を始めた。
俺は焦点を合わせずに敵を見る。焦点を合わせるって事は、見ようとするものに集中するって事だ。つまり、そのものを見ようとするあまり、視界を狭めてしまう。
逆に焦点を絞らないでおけば、視界はぼやけるが広範囲を見る事ができる。敵がどこにどう動いたか、くらいはな。こういう物の見方は、広範囲を探るのが仕事の忍び達がよく使う技術らしい。だけど俺のは師匠と戦う上で、自然と身に付けたものだ。
とりあえず一番厄介な飛び道具の位置を把握した俺は、わざとそいつに背中を向ける体勢になるように動いた。ちょうど目の前にはへのへのもへじがいる。
「フッ!」
短く息を吐き、一瞬で懐に入る。へのへのもへじは刀を振りかぶっているが、遅い遅い。
「なっ!?」
へのへのもへじの瞳が驚愕に見開かれている。そう、懐に入った時には既に、俺は忍刀を甲冑の隙間に突き刺していたんだ。そして忍刀を突き刺したまま、俺はクルリと体を入れ替える。
「ぐはっ!」
へのへのもへじが血を吐いて絶命する。トドメを刺したのは、こいつの首に深々と突き刺さった矢だ。
ふ、そこか!
自らが放った矢が仲間に刺さってしまった事で動揺している射手が、なんとか次の矢を番えようとしているのが見えた。
好機だな。俺はへのへのもへじから忍刀を抜き、射手目掛けて全力で忍刀をブン投げた。
「そぉぉぉぉいっ!」
ブンッと風を斬りながら、忍刀は射手に向かって一直線に飛翔していく。漸く矢を番えたヤツは既に目前まで迫った忍刀に驚く事しか出来ない。そして忍刀はヤツの胸に深々と突き刺さった。
さて、厄介なヤツは片付けた。あと三人だな。
△▼△
面白い小僧だな。伊東が養子に取って隠居し、桃の守役を引き継いだと聞いておったが。この儂を前にしても気後れするどころか、いつもと変わらん様子なのが分かる。
権力などどこ吹く風、といったところか。まあ、そうでなくては重臣の倅共を五人も相手にして、真剣での勝負なぞせんだろうがな。
それにしても、あの五人の倅共と言ったら見下げ果てたもんじゃ。まさか飛び道具を持ち込むとはな。
しかし、実戦においては弓矢はおろか鉄砲もある。多勢に無勢で戦わねばならん状況も多々あろう。桃を守り切ると豪語したらしいからな。このくらいは切り抜けてもらおうか。
ん、ヤツめ、弓矢を見た瞬間、雰囲気が変わったな。殺気が漲っておる。
どうやら、さっきまでは殺さず手心を加えるつもりでおったようだが……
ふむ、太刀を手にしたか。本気で殺すつもりになったようだな。まあ、バカ共が嫉妬から始めた事だ。致し方あるまいよ。
さて、桃の守役の力、見定めさせてもらおうか。




