戸田忠次
一触即発の状況から一変、一対五の決闘、しかも殿の御前での真剣勝負という成り行き。この五人はニヤニヤと笑っている。公明正大に俺を斬れるとか思ってるんだろうな。
「姫様。姫様はそこの男を過大評価しているようですが……勝敗の判定は何卒公正にお願いいたしますぞ?」
なんでこいつら、自分らが勝てるっていう前提で話してるんだろうな?
そこが心底不思議で仕方ねえ。
ほら見ろ、桃の視線が滅茶苦茶冷たくなってて、見てるこっちがしもやけになりそうだぜ?
「あなた方……辞世の句、しっかり残しておきなさい。行きますよ、弥五郎」
何気にお前ら死ぬぞ宣言を残して、桃が桟橋の方へ向かって歩いていく。それを俺とおなつさん、孫左衛門が追いかけていく形だ。
「あの~、桃姫様?」
「桃です!」
「いや、おなつさんとか孫の字もいるんですけど」
「あ……」
おなつさんと孫左衛門の生温かい視線を浴びながら、そんなやり取りをしていた俺達だが、話の内容はかなり真面目だ。
どうもあの五人は、伊豆下田城の家臣の中でも身分が高い家格の者らしいんだな、これが。
「戸田家の重臣をまとめて敵に回すってか! 随分楽しそうな事になってるねえ!」
孫左衛門が心底楽しそうな顔で肩を組んでくる。こいつはホントにこういう騒ぎが好きだな。まあ、おかげ様で空気が変わった。俺としてもこっちの方が楽でいい。
「姫様、奥山様は楽しそうですけど、実際どうなさるので?」
「う~ん……う~ん……弥五郎?」
おいおい桃ちゃんや、おなつさんに痛いところを突かれて困ったのは分かったが、俺に助けを求められてもな。実際、さっきは勢い任せなところもあったんだろうけどさ。『弥五郎?』って、そんなに小首を傾げて見上げられても……
「重臣共も斬りますか?」
俺に言えるのはこれくらいだな。
――スパン!
「そういう事を言わないの! あんたが言うと冗談に聞こえないの!」
おなつさんが俺にハリセンを食らわせながら、さらに説教まで食らわせる。
「いや、冗談だなんて失礼な――」
――スパン!
「もっと悪い!」
ちっくしょ、さっきからスパンスパンと……
「おいおいおなつさん? 弥五郎殿はあんたの主じゃないのかい?」
「今はお仕事中じゃないの! だからいいの!」
「まあ、おなつと弥五郎はまるで本当の姉弟のようですね、フフフ」
……桃にそう言われて、俺とおなつさんは思わず顔を見合わせる。確かに、可能性はあるんだった。生き別れの弟がいるんだったもんな。まあ、この人が本当のねえちゃんだったら、いいなとは思うよ。
それはそれとして、決闘の相手の五人が重臣の倅どもっていうのは俺が思っているより事は重大らしい。いかに桃が殿様の娘でも、重臣が五人纏めて敵に回るとなれば、殿様の領地経営にも支障が出るって話だ。さて、どうするかねえ……
ともあれ、そんな遺恨と懸念、疑問と難題を残して、俺達は直接下田の港へと向かった。
△▼△
伊豆下田城に戻ってから三日後。
俺はいつも訓練している馬場にいる。
この場所っていつも誰かが決闘してる印象なんだよな。桃と富樫とか、俺とへのへのもへじとか。
そして、床机に腰かけている厳めしい顔のおっさんが、この伊豆下田城の主、戸田忠次様だ。あ、床机ってのは折り畳める椅子な。
その、戸田忠次様の前に、俺と今日の相手の五人が頭を垂れて控えている。
「伊東弥五郎と申したか。貴様、元服は済んでおるのか?」
「いえ、俺、いや、私は元々鍛冶職人なれば、そのような儀式めいたものとは無縁でございます」
「ほう?」
俺は頭を下げているから殿の顔は窺い知れないが、その声はいかにも面白いものを見つけた、そんな感じがありありと出ているように思える。
「この勝負を挑んだのはそっちの五人だそうだが、お前の方から真剣勝負の条件を出したそうだな。何故、わざわざ危険な選択をした?」
はて?
俺にとって何が危険なんだ?
こんな五人程度、得物が木刀から真剣に変わったところで如何ほども変わりはないんだがなぁ。俺なら、こいつらに剣を振らす事なく首を刈り取れる。
「申し訳ありません。俺、いや、私には何が危険なのか分かりかねます」
「ふむ。面を上げよ」
「は」
殿様がいかにも面白そうに俺の顔をじっと見る。いやあ、おっさんに見つめられてもなあ。
ちらりと殿様の左右を見れば、キリリとした武者姿が似合いそうな若い男と、桃がいる。あれが桃の兄とやらかな? なかなかの男前だ。さすがは桃の兄上ってところだ。
「面白いヤツよな。得物が真剣になったとて、一切自分に危険はないと申すか」
そう言って殿様はニタリと笑った。
俺の顔に書いていた訳でもないだろうが、心の内を正確に読み取られてしまった。やるな、このおっさん。
「は。振るう事が出来なければ、何を持っていても同じでしょう」
「ふ、こやつ、傾きよる。剣を振らせる事すら許さぬと申すか。どうだ、こう申しておるが?」
俺の言葉を聞いて、殿様は横に居並ぶ重臣たちに声を掛けた。恐らく、この五人の親父達だろう。どいつもこいつも、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
出来ればこんな決闘は回避したいが、申し込んだのは他ならぬ息子達だ。仮に負けても木刀ならば怪我で済む可能性が高いが、決闘を受ける側の俺が真剣勝負を条件にしたものだから、この決闘は一気に命懸けになってしまった。
「まあよいわ。その方ら、覚悟はよいな? そろそろ始めるぞ」
殿様のその一言で、俺と五人はそれぞれその場を離れ、戦場となる馬場へと散っていった。




