弥五郎、激怒す
城代の安形様と話し終え、元の場所に戻ったのだが、桃をはじめおなつさんや孫左衛門、太郎、次郎、三郎(仮)達も見当たらない。さて、どうしたもんかね。
「おい貴様!」
所在なくウロウロしていると、いきなり後ろから声を掛けられた。あんまり俺にいい印象を持っている声色じゃないな。むしろ、喧嘩腰だ。
あんまり関わり合いたくはないんだが、仕方なしに振り向くと、五人の男が憎悪を込めた視線で俺を見ている。
「貴様、姫様を唆して危険な場所へ連れ出すなぞ!」
「そうだ! そしてどんな小細工をした!」
「たった数人で六十人もの海賊を全滅させただと!? そんな事が出来るものか! どんな卑怯な手を使った!」
うわぁ……
何とも酷い言われようです俺。
どれもこれも言い掛かりだし、こいつらの言ってる事に真実なんて一つもありゃしねえ。
あ、もしかしてこいつらか? 俺の事で色々触れ回ってやがるのは。
「あんたら、さっきから俺の事を貴様呼ばわりしてるけど、ダレ?」
そうなんだよ。こいつら、なんだって俺にこうやって突っかかって来るんだか。俺はお前らなんてしらねーっつーの。まあ、どうでもいいか。下らねえ。
こいつらに関わってたら急に疲れてきたぜ。俺はクルリと背を向けて立ち去ろうとした。
「なっ!? 貴様、尋ねておきながら立ち去ろうとするとは無礼なヤツめ!」
そう言って五人はバラバラと駆け寄って来て、ぐるりと俺を取り囲んだ。もう、なんだってんだよ。こっちは昨日四十人ぶった斬ってからロクに休んでねえんだ。
「あー、興味ないんで。っていうか、アンタらの言ってる事は全部妄想だろ? それ、桃姫様に訴え出てみろよ? 俺は全然構わねえぞ? あ?」
うん、かなりイライラしてるよ、俺。
疲れてんのにこんなバカの相手してられるか。そりゃあ言葉遣いもキツくなるし、視線も厳しくなるってもんだ。
「大体貴様、生意気だぞ! 多少腕が立つくらいで姫様の気を引いた鍛冶屋風情が!」
この五人の中じゃあ一番家格が上のヤツなのか、さっきからギャンギャンとうるせえ男が俺の大事な所を踏み抜きやがった。
俺はそいつに向き直り、ツカツカと歩み寄る。
「桃姫様に気に入られたきゃ、てめえの力で何とかしろよ? 俺に八つ当たりすんじゃねえ」
要するに、こいつらは只の嫉妬に狂ったキャンキャン吠えるだけの仔犬の集まりだ。どいつもこいつも、俺より年上みたいだが、甘ったれたツラしてやがる。あれ? へのへのもへじもいるじゃん。
「あー、それから。鍛冶屋ナメんなよ? てめえらの腰の物、誰が作ったと思ってやがる」
一触即発。吹っ掛けてきたのはこいつらだし、鍛冶屋を小馬鹿にされたのも腹が立つ。相手は五人だが、こんな腰抜け五人なんぞ瞬殺だ。後の事なんか知った事か。
……ん?
五人?
ああ、こいつらアレだ。俺が砂浜で倒れてた時、桃の護衛をしてた連中か。最近干されてるんで、尚更俺が憎いってか。
五人はそれぞれ柄に手を掛け、いつでも抜き打ち出来る構えを取ってきた。
――チャキ……
俺も左手を鍔に掛け鯉口を切った。
「そこまで!」
どいつからやってやろうかと間合いを測っているところへ、静止の声が掛かる。中々迫力のある一喝だ。この声は安形様か。
その後ろには桃、そしておなつさん。さらには孫左衛門や他の護衛三人もいる。
それを見たへのへのもへじ達五人は慌てて控えるが、俺は立ったまま殺気を収めない。
「伊東、そちも控えよ」
そんな俺に安形様が厳しい視線を向けながら注意してくるが、知るか。こっちは売られた喧嘩だ。
「お断りする! このクズ共は俺に対しあらぬ嫌疑をかけた上に数々の侮辱の言葉をぶつけてきた! その上俺の生業までも見下すとは、断じて許しがたい!」
そこへ、桃が近付いてきて、俺の正面に回る。そして鯉口を切ったままの俺の左手にそって手を添えた。十五の娘とは思えない、剣ダコが出来ている固い手のひらだ。それでも、なにかこう……暖かみが流れ込んでくるみたいだ。
「弥五郎、落ち着いて。ね?」
ふう。敵わねえなぁ。主の頼みとあらば仕方ねえか。
俺は大きく息を吐き、桃の前に控えた。
「皆の者。この度は明らかに私の失態です。弥五郎には一片の咎もありません。それだけは明言しておきます」
そんな桃の言葉を聞いて、五人はギリリと歯を噛みしめ、悔し気な顔で俺を見る。だから何で俺を見るかな?
「それどころか、私が今こうして無事なのは、この弥五郎をはじめとする六人の勇士のお陰なのです。あなた方五人で六十人もの海賊を全滅させる事が出来るのならば、あなた方の言い分も聞きましょう。どうですか?」
これに関しては五人はもう目を逸らすしかない。策を巡らそうが不意打ちを仕掛けようが、十倍もの相手を全滅させるのは容易な事じゃないくらい、こいつらにだって分かっているはず。つまりは、単なる俺に対する嫉妬でしかないって事だ。
しかし、このバカ共は予想外の事を言い出した。
「桃姫様! 何卒この者との決闘をお許しください!」
「この者が一人で四十人の賊を斬ったのならば、我等五人を相手にしても遅れは取りますまい!」
聞いて呆れるというか、もうバカバカしい。五対一で決闘させろとか、武士が言うか普通?
それでも本人達は、自分達の主張がまかり通ると思っているのか、嫌らしく口端を歪めてニヤリと笑い、俺を見る。
「お前達、正気か?」
さすがにこれには安形様も呆れていた。
「無論にござる! 我等五人相手に勝てないような者が、海賊を全滅させるなどと、到底信じがたい!」
はぁ……
アホくさ。でもまあ、それで気が済むならやってやるか。
「弥五郎……」
桃が心配そうに俺を見る。なあに。ちゃんと誓っただろ? 生涯お前を守り抜くってさ。
「いいでしょう。お受けします。ただし! 勝負は殿の御前にて真剣勝負とすること。それが条件です」
こいつらには木刀での勝負なんざ生温い。
俺をここまで不快にさせたんだ。きっちり斬ってやんぜ。
「安形様、桃姫様。決闘の見届け人をお願い致す」
唖然としている安形様の顔は中々見ものだな。




