加速する親密度
序盤はおなつさん視点です
「あれで、良かったのかい?」
私は奥山様と一緒に、弥五郎と姫様の様子を見にきているの。別に盗み聞きしようとかそういう事ではなかったんだけど、どうにも二人の会話がおかしな方向に向かってしまって、声をかけ辛くなっちゃったのよね。
それに、弥五郎の事だもん。私達がここにいる事にはとっくに気付いているはず。私はともかく、奥山様は気配駄々洩れだし。
「おなつさん、アンタだって弥五郎殿の事を好いてたんじゃねえのかい?」
う~ん、それがよく分からないのよね。
確かに、弥五郎が一人海賊に立ち向かっているって聞いた時は姫様そっちのけで走り出しちゃったし。でも、男の子として好きなのか、弟みたいに思っているのか、自分でもよく分からない。
……違うかな。好きよ。うん、大好き。でも、本当の弟かも知れないっていう可能性が、私の心を押しとどめているんだわね。
「いいもなにも、相思相愛だし、いいんじゃないかな? 特に、姫様にとっては漸く現れた条件を満たす殿方だもの」
むう、そうは言ってもこのもやもやする胸の内……あとで弥五郎をからかってやるんだ!
「あ、そうそう、奥山様?」
「あン?」
「私が忍びなのは、この利島に来た人達以外には他言無用ですからね? もしバラした場合は……」
「バラした場合は?」
私はニヤリと笑いながら、そっと首を掻く身振りをした。
「わ、分かった! 他の連中にも言っておく」
そうそう、素直でいいわね!
△▼△
俺と桃姫様はそのまま眠る事なく、夜が明けるまでお互いの事を話し込んだ。
砂浜での出会いの事。
三島の村での夜盗討伐の事。
桃姫様の婿候補との決闘の事。
明国からの客人との勝負の事。
「私としては、初めは私より強い殿方であるならば、その方に嫁ぐのも止む無しと思っていました。お家の為、父上や兄上の為とは言え、私の意志が介在しない婚姻などまっぴらだったので。せめてもの条件が、私より強い事」
俺はそんな桃姫様の言葉に黙って頷いている。
「もちろん、私より強ければそれでいいとも思っていませんでしたよ? だからこそ、欠かさず鍛錬を重ね、実戦にも出ていたのですからね。ただ強いだけの、下らない殿方にこの身を委ねる訳には参りませんし」
そもそも、そんな桃姫様の噂を聞きつけて来るような奴が、どれだけ桃姫様の事を考えているかって話なんだよな。名誉、出世、色欲……姫様を幸せにするために現れましたー、なんて奴が果たしているかどうか。
「そんな時に現れたのが、弥五郎、あなたです」
桃姫様が言うには、砂浜で出会った時に、自分の容姿よりも小太刀に注目していた事で何となく気になっていたらしい。それが、三島の夜盗討伐の件で伊豆下田城に登城してきた男を見れば、あの砂浜で出会った俺だったと。
しかも、桃姫様との勝負に勝てば婿に迎えられるという条件を知って尚、心動かされる事が無かった事で、より興味が湧いたという。戦えば自分より強いのに、だ。
そして何より、村人の為に命を懸けられる勇気と、自分の容姿に惑わされる事なく、身の丈にあった営みを求める無欲さ。
「あの時から私は、あなたに惹かれていたのかも知れませんね。そしてあの時あなたが私に勝負を挑んでいれば、今頃私達は夫婦になっていたかも知れません」
桃姫様がそう言ってうふふと笑う。
「知っての通り、俺は孤児で、師匠以外の人間を知りませんでした。島から出て、初めて見たのが桃姫様です」
あの日から、俺は一日たりとも桃姫様を忘れた事はない。だけど、身分差ってモンがあるだろ。
戸田の姫君だと知った時はそれなりに衝撃を受けたけど、それでも城で仕えるように言われた時は嬉しかった。それだけで俺は幸せだったんだ。
だが……この先はそれだけじゃダメなんだろうな。
「桃姫様に相応しい男になるよう、精進せねばなりませんね」
桃姫様のお気持ちを聞いてしまった以上、俺も逃げる訳にはいかない。この剣の腕と鍛冶の腕。磨きに磨いて認めさせるしかないだろうな。それしか能がないからさ。
「弥五郎」
「はい?」
「二人だけの時は、桃と」
「……え?」
朝日が少しだけ顔を出し、桃姫様の照れた顔がよく見える。
「誰もいないところでは、桃と呼ぶ事を許しますっ! さあ!」
「も、ももも、もも……」
「うふふっ、まあいいでしょう。弥五郎、これからも私を守って下さいねっ?」
ちっくしょー!
可愛いぜ桃姫様!
まるで盆と正月が一緒に来たみたいだぜ!
「姫様! 弥五郎様! 沖に軍船と思われる船団が!……って、お邪魔でした?」
俺と桃姫様……桃が立ち上がり、んーっと伸びをしているところに駆け込んできたのはおなつさんだ。何が『お邪魔でした?』だ。ずっと聞き耳たててたクセしやがって。
おなつさんに言われて沖をみれば、確かに三十艘くらいの船が見える。
これはアレだろ。城に戻った連中が報告して、水軍を編成してきたんだろうな。さて。
随分と早い到着だから、死ぬ気で漕いで来たんだろう。
「桃姫様? なにやら大事になっちまいましたよ?」
「うぅ……弥五郎、一緒に叱られて下さいね?」
こらこら、そんな上目使いで縋るように見るんじゃない。




