正面突破! 一対四十五
村長の屋敷を視界の中に捉える。すでに海賊達は臨戦態勢だな。さっき逃がした一人が報告したんだろう。
これで奇襲は効かなくなったが、まあ仕方ないか。
「十、二十、三十……」
屋敷の外にはざっと四十人程の海賊が陣取っている。村長の屋敷の周りは生垣で囲まれていて、中の様子は窺えない。
幸い、俺はまだ連中には見つかってないみたいだが、どうするか……
……
…………
………………
うーん、よし、正面から行こう!
結局、全員ぶった斬ればいいんだろ? コソコソするより正面から行った方が敵が群がってきて手間が省けるってもんだ。
俺は身をかがめて潜んでいた木陰から堂々と姿を晒した。
「おうおう! 雁首揃えて出迎えご苦労だね! お前らのお頭は屋敷の中か?」
島に北側から上陸した俺達だが、九十九折の道の関係で、島長の屋敷の玄関は西向きになっている。つまり、俺は夕陽を背にしながら途轍もなくカッコイイ登場をした訳だ。
奴らから見れば俺は逆光の中から突然現れたように見えたかもしれないな。全員が眩しそうに目を細めて俺を見ている。
「や、ヤツだ! ヒィィ!」
おお、一人だけ逃げ延びたヤツか。俺を指差してへたり込んでやがる。そんな、人をバケモンみたいに失礼な奴だな。
そいつの怯えた声が海賊共を刺激し、俺に対して一斉に殺気が向けられてきた。その中で一人、一際体格のいい奴が前に出てきた。身長は孫左衛門と同じくらいだけど横幅が倍近くあるんじゃねえか? なんつーか、顔中髭で覆われていて、一言で言い表すなら熊だな。まあ、外見だけならこの中で一番強そうだ。
「おい。他の仲間はどうした?」
ん? 他の仲間とは?
桃姫様と孫左衛門の事か? それとも俺達が斬った十何人の事か?
「俺達の他の仲間はどうしたって聞いてんだコラァ!」
俺が本気で悩んで首を傾げていると、その熊が怒鳴ってきた。なんだよもう。だったら最初からそう聞けっての。
「お前は阿呆か。戻ったのはそこで腰抜かしてるヤツだけだろうが? だったら、後の奴らは戻らぬ人になったって事だよ」
「てめえ!」
俺が口にした、『お前らの仲間はそいつ以外は全滅した』という意味の言葉。それを聞いた熊野郎が激高する。手にした七尺ほどの槍を手に襲い掛かって来た。
見るからに怪力自慢。しかしそれだけだ。動きは遅い。
いかにも威力だけはありそうな槍の一撃。槍ってのは突いたり斬ったりも出来るが、ブッ叩くってのも戦法の一つだ。この熊野郎が取ったのは、その怪力を生かしたブッ叩くってヤツだ。
「ヘブッ!?」
けどなあ、そんな鈍い攻撃じゃあ俺には当たらねえぞ? 俺は振り下ろされた槍の一撃を楽々と避け、熊の懐に入り込み鼻っ面をぶん殴った。こんなヤツ、瓶割を抜くまでもねえ。
それでも、俺の拳骨を食らって倒れねえのは流石だな。だけどさ、実は俺も力には自信があるんだな、これが。
「あがっ!? あがががががが!」
俺は熊野郎の頬ゲタを、正面から握りしめた。そう、顔面を掴んで力を込める。それだけだ。ヤツは苦しみと痛みで俺の手を振りほどこうとするが、甘いな。
俺が更に力を込めると、熊野郎の顎の骨がメキメキと音を立てて軋んでいき、やがて――
――ゴキッ!
骨が砕ける嫌な手応えと嫌な音。ヤツは泡を吹いて白目を剥き、そのまま仰向けに倒れ伏した。一部始終を見ていた海賊達が静まり返る。まさかこの熊野郎が、力で俺に負けるとは思ってなかったんだろうな。
「こ、この野郎!」
そして我に返った海賊共がいきり立つ。俺はそれを一瞥した。それだけで奴らの動きは止まる。そして俺はゆっくりと熊野郎の槍を拾い上げ、無造作に熊野郎に突き刺した。
「ごふっ」
断末魔の悲鳴の代わりに口から血を吐き出し、熊野郎は絶命する。まあ、自分でも少々残酷だとは思うぜ? もう戦えねえ奴に敢えてトドメを刺したんだからな。
だが、コイツは見せしめだ。てめえら海賊ってヤツがどれほど下衆なヤツかっていうのを分からせる為のな。
「お前らだってこうやって無力な村人や漁師を殺してきたんだろ? 戦ならともかく、略奪する為によ?」
俺は怒りを込めて、低い声でそう言った。なんだろうなぁ。桃姫様は、こういう輩から民を守る為に自ら小太刀を振るって戦ってきたんだ。それを小馬鹿にした態度で……そして桃姫様を汚そうとするなんざ、許せねえよなぁ。
ところで、海賊達は遠巻きに睨みつけてるだけで、一向に向かってくる気配がない。なんだ? 見た目だけはいかついクセに、気圧されちまってるのか?
「なんだよ? 来ねえのか? それなら俺から行かせてもらうぞ? とことんな!」
俺は瓶割を腰だめに構えながら、一気に駆け出した。流石に四十人を相手に生きては戻れねえかもしれねえが、ここで一人でも多く道連れにして、桃姫様達が逃げる時間を稼がねえとな!




