怒りの理由
俺は困惑していた。
なんで俺はこんなに怒ってるんだ?
海賊が民を殺し、奪うからか? 確かに理不尽すぎる所業だ。
賊に両親を殺されたからか? 確かに仇は憎いが、そんな感情はとうに薄れちまってると思ってた。
使者として赴いたのに、コケにされたからか? そうだなぁ……確かに腹は立つが、俺みたいな十五やそこらの若造が使者だとか言われても、そう簡単に納得は出来ねえだろうなぁ。
――じゃあ一体何に?
俺は目の前に集まってきた海賊達を見る。どいつもこいつも屈強そうだ。刀や銛、斧や大鉈。漁師や農民の仕事道具すら武器として構えてくるのは、逆に戦慣れしている感じがする。
そして、さっきも目の前で仲間が死んだにも関わらず、誰一人取り乱す事なく冷静さを保っていた。これは本物の戦人の集団だろうな。人が死ぬことに慣れている。
だけど、戦人らしからぬ所がひとつある。目だ。
敵を屠る。そういう目じゃねえんだよな。みんながみんな、情欲に濁った目をしてやがる。チラチラと桃姫様に視線をやりながら、中には舌なめずりしてるヤツまでいやがる。
ああ、そうか。そういう事か。
「おいてめえら。そんな目で桃姫様を見るんじゃねえっ!」
桃姫様は孫左衛門に任せ、俺は群がる海賊共に斬り込んだ。そうだ、奴らのこの視線。桃姫様を視線で犯すような、そんな目が気に入らねえ。
瓶割を一たび振るう。そして海賊一人の命が露と消える。そして再び瓶割を振るえば、二人目の海賊が断末魔の絶叫を上げながら崩れ落ちた。三たび瓶割を振るえば、三人目の海賊が声を上げる間もなく真っ二つに斬り裂かれ、その身体は左右に分かたれる。
「ヒ、ヒイィ!」
「ば、バケモンかコイツ!」
そうなんだよな。俺は桃姫様を汚そうとするこいつらが許せなかったんだ。
海賊の所業がどうとか、殺された者の無念とか、そんなのはそこまで重要な理由じゃなくて。
「オラァ! どんどん来いやぁ!」
俺は逃げ惑う海賊共を追いかけ、次々と地獄へと送っていく。俺の脚から逃げられるとでも思ってんのか?
……まあ、そうは言っても多勢に無勢、一人逃がしちまったけどな。てへ。
孫左衛門と桃姫様も、それぞれ二人ずつ倒していた。俺が七人斬った訳か。三島の村を思い出すな。
「さて、桃姫様? 船にお戻りいただけますか?」
取り敢えず海賊の数は減らした。島民の話が真実なら、海賊は残り五十人近くはいるはずだ。いくらなんでもそんな人数を相手にさせる訳にはいかない。
「弥五郎はどうするのです?」
こうなっちまったらとことんやるしかねえだろうなぁ。ただ、向こうが全力で来たらこっちの勝ち目は薄い。ここはやっぱり、言いだしっぺの俺がみんなを逃がさねえとダメだろう。
俺は桃姫様の問いには答えず、孫左衛門の方へ向き直った。
「孫さんや」
「何だい? 弥五郎さんや」
ふっはっは! コイツのこういうノリ、好きだぜ?
「桃姫様を船まで頼む」
「……生きて戻れよ?」
そいつは約束出来ねえなぁ。なんせ相手は五十人だ。
「船に着いたらすぐ出航しろ。いいな!」
そう言い残して、俺は島長の屋敷へと駆けだした。
――弥五郎! 弥五郎! 奥山、離しなさい! 弥五郎!
背中に聞こえる桃姫様の綺麗な、しかし悲痛な声が、どんどん遠くなっていく。孫左衛門が引っ張って行ってるんだろうな。
後はおなつさんもいるだろうし、船さえ出しちまえば何とかなるだろ。
さて! 海賊退治と洒落込みますか!
△▼△
伊東弥五郎か……
俺は姫様の手を力づくで引きながら、一人海賊のアジトへ乗り込んだ男の事を考えていた。
不思議なヤツだ。
本職は鍛冶職人って話だが、鍛冶職人があんなに強えなんておかしいだろ?
訓練で見せたヤツの力も大概だったが、この利島に乗り込んできてからのヤツの強さは、まるで次元が違ってた。味方であるはずの俺達まで、動けば斬られる。そんな緊張感で冷や汗びっしょりになるくらいの殺気がダダ洩れになってやがった。
事実、海賊を殺すと決めた後のヤツの動きは、俺達のあの苦しい修行は何だったんだよって思うくらい、速くて強かった。
全て一太刀で敵を屠る。敵と斬り結ぶ事がないから、剣戟の音も聞こえない。敵に斬らせず、とにかく一太刀で仕留めてしまう。
こんな事が現実にあり得るのか? 見たところ、敵だって手練れの集団だ。あの砂浜の特訓が無かったら、俺も姫様も無事じゃなかったかもしれない。そんな相手を鎧袖一触だ。バケモンだぜありゃあ。
「弥五郎が、弥五郎が……」
俺に手を引かれた姫様が泣いている。あの、強くて凛々しく、気高い姫様がだ。そこには主君と家来以上の感情があるのは一目瞭然。
あのバケモンが簡単に死ぬとは思えねえが、姫様を泣かすのはいただけないねえ。
俺達が船着き場へ着くと、島民を集めていたおなつさんが出迎えてくれた。この人が隠密だったのも驚いたねえ。
「奥山様! 弥五郎様は?」
戻って来たのが俺と姫様のみ。その事でおなつさんの目に焦りの色が見える。
「おなつさん、それとみんな。姫様を連れて船を出してくれ。奥山孫左衛門、これより海賊退治の助太刀に参る!」
俺はおなつさんへ泣いて脱力している姫様を引き渡すと、踵を返して弥五郎殿が戦っているであろう島長の屋敷を目指して駆け出した。
「お供仕ります」
しばらくすると、いつの間にかおなつさんが並走していた。砂浜で鍛えられた俺の脚より速いのか。
ふっ。このヒトも食えねえなあ?




