上陸
出航してから二日目の夕刻、利島が見えてきた。今回は別に奇襲をかけるとか、そういう目的じゃあないから、堂々と北側の船着き場へと船を着けた。
さてと。
「じゃあ孫左衛門、行こうか。他のみんなは桃姫様を――」
「えいっ!」
は?
今何かが俺の横を駆け抜けて行ったような……
「弥五郎! 早くしないと日が暮れてしまいますよ?」
「いやなんでアンタが先に降りてんだよ!」
俺がみんなに声を掛けてる間、桃姫様が船べりからぴょーんと飛び降りてしまった。思わず言葉使いが素になっちまったよ……
「こういう交渉事は、組織の天辺が出向いてこそ、信頼を勝ち取る事が出来るものです!」
「う……」
た、確かにそれは一理あるかも……
「それに、置いてけぼりはもう嫌です! 弥五郎は私の側にいて守ってくれるのではないのですか?」
「ぐぬぬ……」
それを難しくしてるのが他ならぬ桃姫様なんだが、ちくしょう、怒れねえよ。そんなにうるうるされちまったらよ。
「はぁ。これはもう腹を決めるしかありませんよ? 弥五郎様?」
おなつさんが俺の肩をポンと叩き、そう言い残して船から降りると、続けて孫左衛門がやってきて、真面目な顔で耳打ちしてきた。
「いいか。もし失敗したら俺が時間を稼ぐ。あんたは何があっても姫様と逃げ延びろ」
俺はそれを聞いてはっとして、孫左衛門の顔を見た。
「なあに、五、六人くらいは道連れにしてやンよ」
そう言ってニカッと笑みを浮かべた孫左衛門は、自慢の長巻を担いで船から飛び降りた。お前、かっこいいぜ。
そして他の護衛三人も。
「船は拙者達が死守するでござる」
「船を出すまでは某らが時間を稼ぐゆえ」
「うむ。弥五郎殿は何が何でも姫様をここまで連れてくるでござる」
……くっそ。俺は不覚にも涙が出そうになった。こんないいヤツらなのに、俺は名前も覚えてねえんだ。ごめんな、太郎、次郎、三郎(仮)。
「……船を頼んだ」
俺は短くそう言いながら、三人と握手を交わす。
三人ともいい表情だ。ああ、そうか。ここに来る決心をした時点で、もう覚悟は決まってたって事なんだな。ハナから生きて帰ろうとは思ってなかったって事か。
すまねえな。俺があんな提案しなければ、みんなを巻き込む事はなかった。俺一人、身体を張ればよかった。そう思ってたのによ。結局、桃姫様まで危険に晒す事になっちまった。
俺はここに来て、激しく後悔した。それでも、ここに来たみんなの為に、そんな気持ちを悟られる訳にはいかねえ。俺は胸を張って船を降りた。
この利島には平坦な土地が殆どなく、集落を形成できる場所は限られているようだ。島の中央付近には山があり、その山そのものが島になっている。そんな感じだ。
少ない土地を有効に使う為斜面に畑を作ったりしている。それに家の数も多くない。俺達は、その少ない家の中の一軒を訪ね、海賊の話を聞いてみた。
島民の話によれば、海賊達が来たのは半年ほど前で、規模は六十人程だという。この島を拠点とし、食料確保の目的もあるのだろう、島民を殺す事はなかったが、体の良い奴隷のような扱いをされているようだ。
海賊は島長の屋敷に居座り、半ば人質として軟禁しており、島民が逆らえないようにしているらしい。その他の海賊共も、島民の家を奪い、女を奪いと傍若無人で、自分達は生きながら死んでいるも同然だと、涙ながらにその島民は語った。
「なんだかなぁ……ホントにこれで良かったのか?」
島民に教わった島長の屋敷への道程で、俺は誰ともなく呟いた。
「なんだぁ? ここまで来て弱気になっちまったのかい?」
孫左衛門が若干心配そうな顔で覗き込んで来る。
「そんなんじゃねえよ。この海賊共、生かしておいていいのかって事さ」
俺達の行く手を阻むように、ニヤニヤしながら待ち構えている十人程の柄の悪い男達を見て、俺は殺気を抑えられずにいた。




