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甕割(かめわり)

「おお! 無事じゃったか! して賊は去ったの――」


 賊を全員始末した後、全力疾走と真剣での斬り合いの疲れから、俺は重い足取りで()()()()へと戻ったんだ。そこでは、織部の爺さんを先頭に、生き残った村人達が出迎えてくれた。

 でも、月明かりでお互いの姿がはっきり見える距離まで近付くと、爺さんは喋りかけていた口を開けたまま固まっちまった。

 ……まあ、俺も全身返り血を浴びて真っ赤だろうし、血の臭いもすげえんだよな。そらー、爺さんも固まるだろうぜ。


「賊は、全員斬ったよ。それと最後の一人、水瓶ごと斬っちまったんだ。ごめんな」


 あんだけデカい水瓶割っちまったからな。怒られる前に先に謝っとこ。

 物を壊すと、師匠に死ぬほど怒られンだよ。島から出て街まで買いに行くの、どんだけ大変だと思ってんだこのガキャー! ってさ。


「お主、身体は大丈夫なのか? その血は?」


 ははは、この爺さん、なんだかんだで面倒見がいいからな。俺の事心配してくれてるっぽい。普段は伸びまくった眉毛に隠れて見えない目が、今は月の光を反射するほど大きく見開いてやがる。


「ん? ああ、コレか? 全部返り血だ。傷一つねえって。全員一の太刀で真っ二つだ」


 まあ、俺が強え訳じゃねえし、全部この太刀のお陰だけどな。


「なん……じゃと?」


 今度は見開かれた爺さんの目ン玉が落ちそうになってるぞ。おいおい、落ちねえように押さえとけ。


「いやあ、俺みてえな弱いヤツでも、いい刀を持つと何とかなるもんだな。ハハハハ……」

「まあ……怪我が無いようで何よりじゃよ。お主は身体と着物を洗って今日は休んでおれ」

「ああ、そうさせてもらうわ」


 俺は爺さんに言われるまま、着替えを持って川に行き、身体中に浴びた返り血を洗い流した。

 ……なんだかなぁ。洗えば返り血は流れていくが、生臭せえ血の臭いは中々取れねえもんだ。


 俺が川から戻ると、村の衆はもう帰ったみたいで、待っていたの爺さん一人だけだった。


「のう、お主。七人もの賊を斬り倒しておいて、何故自分が弱いと考える?」


 爺さんはちゃぶ台を挟んで向かいに座り、俺に湯飲みを差し出してきた。まあ、貧乏人の俺ン家には茶なんて贅沢品はないからな。ただの白湯だ。でもよ、俺が作った鉄瓶で沸かした湯は、美味いんだぜ?

 で、俺はその途轍もなく美味い白湯を飲みつつ、爺さんの禅問答に答えたよ。


「俺さ、師匠に拾われて十年と少し、毎日毎日剣術は仕込まれてたんだ。鍛冶屋に剣術なんていらねえだろって思うんだけどさ」

「ふむ……」


 あの師匠(おっさん)、打った刀の試し切りの為だけに剣術仕込むんだぜ? おかしいだろ。それを言うとさ、『確かな腕もなくてまともに斬れる訳ねえだろアホンダラー!』ってさ。


「でもさ、十何年師匠に打ち込んでたけど、一本も取った事ねえんだこれが。普通、まぐれで一本くらい取れそうだろ? それが毎日毎日惨敗でさ。ああ、俺ってホントに弱くて才能ねえんだなと」


 俺は思ってた事をそのまま爺さんに話した。爺さんも湯飲みを口に含み、滅茶苦茶美味い白湯を啜って暫く無言だ。言葉も出ない程白湯が美味いらしい。


「のう、お主。お主にはこの村は些か小さすぎるようじゃ。明日にでも荷物を纏めて大きな街へでもいくがよい」

「……何でだ? 俺が水瓶ごと賊を斬ったの、そんなに怒ってんのか?」


 やっべえなぁ。村の衆がいなくなったの、そんなに怒ってたからなのか。


「ふぉっふぉっふぉ。そんなんじゃないわい。村の衆はみなお主に感謝しておるよ。命の恩人じゃとな」

「じゃあなんで!?」


 爺さんは、そこでまた白湯を啜る。そうか、そんなに美味いか。じゃあ、お代わりを()いでやろう。


「村を襲った賊共は鬼じゃ。じゃが、その鬼共を一太刀で斬って捨てるお主は……村の衆には修羅や羅刹に見えるじゃろうて」


 ふうん……そんなモンかね?

 あいつら、すげえ弱かっただけだろ?


「まあ、野良仕事しかした事ねえ人から見れば、そうなのかなぁ。つまり、俺は村の衆からおっかないヤツだと思われちまったって事か」

「おっと、忘れとったわい」


 爺さんはそう言って、懐から干し柿を取り出し、俺に放ってよこした。おお、ありがてえ!


「また朝になったら来るわい」

「おお。準備はしとくよ。駄賃くらいはくれるんだろ?」

「ふぉっふぉっふぉ」


 俺の問いかけに答える事なく、爺さんは神社へと戻っていった。さて、少し眠るか。どうせ纏める荷物なんてありゃしねえんだ。


△▼△


 あの小僧、とんでもない大物になるかも知れんの。

 賊が弱いとか抜かしておったが、いくら弱いとは言え七人相手に全て一太刀で済ませるとは、恐らく尋常な腕前ではないじゃろう。

 師匠から一本も取れないから自分が弱いじゃと?

 あの前原殿はただの刀鍛冶ではない。戦に出る事がないから名が知られていないだけの、とんでもない達人じゃ。その前原殿が毎日稽古を付けていたとなれば、あの小僧に輝くものを見出したのじゃろうな。

 そして儂は、神社に戻る前に村の様子を見て回ったのじゃが……

 何が一太刀じゃあのバカモンが。全て一刀両断じゃわい。それに瓶ごと斬ってしまう剛剣……

 全く、末恐ろしい小僧じゃな。

 あれだけの器を、こんな寂れた村に繋ぎとめて置く訳にはいくまいて。


△▼△


 翌朝、オンボロの着物に足袋と草履。少ない荷物は背負い袋に入れ、愛用の太刀を腰に佩く。出発の準備と言ってもこれだけだ。

 漸く住み慣れたオンボロ鍛治屋敷の扉を開き、外に一歩踏み出して朝日を浴びる。

 滅茶苦茶美味い白湯が飲める鉄瓶は、勿体ないけど旅の邪魔だ。織部の爺さんにくれてやろう。


「あれ? みんな、おはようさん」


 ふと気付けば、村の衆がみんな集まっていた。

 ……随分減っちまったけどな。

 で、その中から掻き分けるようにして爺さんが出てきた。


「準備は出来ておったか。これは謝礼じゃ。持ってゆけい」


 渡されたのは食料、水の他に、僅かだが銭もある。食料はともかく、銭は貰えねえよな、この貧乏な村からはさ。


「有難く貰っていくよ。けど、銭はいらねえ。新しい水瓶でも買ってくれ」

「うむ。そうか。それからの、お主のその太刀じゃが……」

「うん? これがどうかしたか? こいつはくれてやる訳にはいかねえぞ?」


 俺は銭だけを爺さんに返した。すると、爺さんは俺の腰のものに目をやる。


「そうではないわバカモンが! その太刀、今日より『瓶割(かめわり)』と呼ぶがよい。それだけの太刀、無銘では可哀そうじゃろう」


 そうか。そうだな。俺の相棒だし、名前くらい付けてやってもいいかも知れねえな。


「分かったぜ、爺さん。それじゃ、俺は行くよ。みんな、達者でな!」


 俺も野垂れ死にしねえように頑張るからよ。みんなも前向いて生きろよ!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 恩を恩で返したのに、さらに恩を与えてくる皆様にホロリ……そして自覚の無い弥五郎とジイ様のやり取りはクスッと笑うところも。 [気になる点] ジイ様を婿にするんじゃなかったの……?もうお別れな…
[一言] 更に剣術に磨きをかけて帰ってくるのでしょうか。どれだけの力が潜んでるのか…弥五郎の成長していく姿、これからも楽しみです!
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