バカヤロウ!
孫左衛門と他の三人の護衛達は、焚火を囲んで一塊になっていた。串刺しにした魚を炙り、焼けるの待ちながら雑談しているところか。
「よう! 話し合いは終わったのかい?」
俺と忍び装束のおなつさんの二人分の足音に気付いた孫左衛門が、人懐っこい笑みを浮かべながら、焼きあがった魚を串ごと放ってきた。
「おお、悪ィな。頂くよ」
「そっちの隠密さんもどうだい?」
「……」
俺が礼を言いながら焚火を囲む輪の中に混じると、孫左衛門は忍び装束の人間に警戒する事もなく、もう一本放ってきた。それを受け取ったおなつさんは、無言でペコリと頭を下げた。
「お、うめえな、これ」
「だろう?」
焼き魚にかぶりついた俺だが、ヤロー共が仕込んだ割にはかなり美味くてビックリした。孫左衛門がいい笑顔でこっちを見る。
おなつさんは俺達に顔を見られないように、背中を向けてはむはむと食べていた。食いっぷりからするとやはり美味いらしい。
「ところでよ、何か話があって来たんじゃねえのかい?」
俺が一匹平らげたところを見計らって、急に真面目腐った顔になった孫左衛門が聞いてきた。
「利島まで行くのに付き合ってもらいたい」
「は?」
孫左衛門以外の三人も、藪から棒に何言ってんだこいつ、みたいな顔で俺を見る。
「あー、最初っから説明するから」
俺はポリポリと頭を掻きながら考えを纏めつつ、説明を始めた。
敵の数が予想より多い事に加え、利島という天然の要塞を拠点にしている可能性が高い事。さらに利島を攻めるとなれば、大規模な水軍を編成しなければならない事。
「へえ、それじゃあ少数精鋭で夜襲でも仕掛けるってのかい?」
「いや、どっちかってーと、和平交渉だな」
「なんだと!?」
海賊相手の和平交渉。その言葉を聞いた孫左衛門が思わず立ち上がる。そのまま食ってかかってきそうなヤツを、俺は手のひらを翳して制した。
「まあ聞けって」
俺は努めて冷静に、この和平案の狙いを説明した。
殺して奪う賊の類を許せないのは俺も同じだ。しかも俺もおなつさんも両親を賊に殺されている。むしろ奴らを憎む気持ちは人より強いかも知れない。
だが、敵のアジトに乗り込んで制圧するとなれば、味方の損害も少なくはないだろう。しかも今は城主の戸田様が不在だ。桃姫様に全ての責を負わせるのはやや荷が重いと考える。
「それで、海賊丸ごと家臣団に取り込めないかって案を出したんだ」
「なるほどなぁ。許せない気持ちを飲み込めば、余計な人死には出ねえって訳か」
彼らなりに損得勘定をしているのだろう。難しい顔をしてはいるが、先程よりは納得しているように見受けられる。
「それでだ、俺が使者として赴く事になったんだが、船漕いだり休憩交代したりでもう数人付き合って欲しいんだよ」
それを聞いた一同が黙り込む。
「こりゃあ、生きて帰れねえかもしれないねぇ」
引き攣った笑みを浮かべながらそう言う孫左衛門の額には、玉のような汗が浮かんでいた。
「いや、あんたらは俺を島に降ろしたら、少し離れた所で待機してくれ。戻らなかったら交渉決裂、そんときゃ城に戻って戦支度だな」
――スパーン!
いてえ!
なぜ俺の頭にハリセンの一撃が!?
「主を一人死なせる訳には参りません。私もお供致します」
そう言って、鬼の形相(頭巾で目しか見えないが)のおなつさんが仁王立ちしていた。そんな彼女を見て、孫左衛門を初めとした護衛四人組が、俺も俺もと立ち上がる。
気持ちは嬉しいぜ? 俺への仲間意識か、それとも桃姫様への忠誠心か、どっちか分からねえけど嬉しいよ。でもな。
「お前らまで島に乗り込んで、全員死んじまったら意味ねえだろが。ちゃんと桃姫様に連絡付ける役目はいなくちゃダメだ。お前らは死んでも生き延びてもらわなくちゃ困る」
そう言うと、孫左衛門以外の三人が悔し気に下を向いた。だが孫左衛門だけは。
「連絡役なら三人居りゃ十分だろ? 俺は行かせて貰うからな! アンタにゃ借りを返さなきゃなんねえ」
「ちっ……物好きめ」
「交渉が順調に進むに越したことはねえが、決裂した場合は何人かぶっ殺さねえと気が済まねえからな!」
まったく……とんでもないバカヤロウだぜ。死ぬのは一人でいいだろうに。




