さあ、どうしよ?
「そうですか……利島ですか」
桃姫様をはじめ、部隊を指揮するお侍さん達が集まったところで、情報交換や今後の方針を定めるための話し合いが行われている。家主が殺されて空き家になってしまった民家を借り受けているんだ。
俺がおなつさんからの情報を桃姫様に報告したところで、桃姫様や他のお侍さん達が苦い顔になった。
「姫様、城に使いを走らせ、水軍を編成した方がよろしいかと」
「然り! 敵は最低でも五十、拠点に行けばさらに増える可能性もあります! この手勢で踏み込むのは危険すぎます!」
まあ、この人達の意見も尤もだと思う。兵法では、敵の城を攻めるには十倍の兵力が必要だとか言うけど、今のまま突っ込めば下手すりゃこっちの方が兵力で負けている可能性もあるからな。
「しかし、それでは……」
その当然ともいえる意見具申に、桃姫様は難色を示している。
聞けば、利島は島の北側に船着き場があるが、その他はぐるりと断崖絶壁に囲まれている天然の要害だ。まあそれはいい。肝心なのは船着き場があるって事は、島に住民がいるって事だ。
賊が利島にアジトを構えているなら、島はすでに賊によって制圧されている可能性が高いだろう。つまり、俺達が正面切って島に攻め込めば、島民は連中の人質になるって事だ。それを桃姫様は憂えているんだろうな。
どこまでも領民思いで、お優しい方だ。それなら――
「あのぅ、いいですか?」
俺如きがこの場で発言していいものかどうか悩ましいが、控えめにこっそり挙手をした。それなのにだ。
「控えろ下郎! ここは貴様のような奴が口を開いていい場所ではない!」
って一喝されました。で、コイツ誰かと思ったら、いつかぶっ飛ばしたへのへのもへじだよ。特徴なさ過ぎて今まで気付かなかったわ。ははは!
でもなあ、下郎はねえよな。これでも俺は伊東家の跡取りとして養子になった訳で。俺は別に下郎だからいいんだけどさ、義父殿をコケにするのは許せねえんだよな。前にもそれでのされたのに、凝りねえヤツだ。
「おいてめえ……俺をコケにするって事は、伊東の義父殿をコケにするのと同じ事だ。家名を傷つけられては黙っちゃいられねえな。殺すぞ?」
「なっ、ひぃっ!?」
俺は本気の殺気をぶつけながら『瓶割』の柄に手を掛けた。するとへのへのもへじはへっぴり腰で後ずさる。
「弥五郎! ここは私に免じて引きなさい。他の皆にも言っておきます。今後弥五郎を貶める事は、私をも貶める事と肝に命じておきなさい」
「は」
ここは桃姫様の仲介で事なきを得た。けど、次は容赦しねえぞへのへのもへじ。
「それで弥五郎、なにか案があるのですか?」
「はい」
桃姫様に促されて、俺は思いついた事を述べた。
何、そんなに難しい事じゃない。海賊諸共、家臣団に取り込めねえかって話だ。もちろん略奪や虐殺する海賊を許せない気持ちはある。だけどこの場合、島に赴いて交渉し、連中の安全と食い扶持の保証をすれば、島民の命は安泰だし、今後は略奪行為もなくなるだろう。
「しかしそれでは奪われた村人の怒りが……」
「そこは今後の安全を保証する代わりに飲み込んでもらうよう説得するしかないですね」
そうは言っても、やっぱり収まりはつかねえだろうから、賊の中から何人かは下手人として死んでもらう事になるだろうけどな。
「そうです……ね。では、利島に赴かんとする者はおりませんか?」
桃姫様がぐるりと見渡すも、誰しもが都合悪そうに目を逸らす。まあ、敵のど真ん中に行ってこいってんだからな。死ねって言われてるようなもんだ。気持ちは分かる。
しかたねえなぁ。言いだしっぺが行ってきますかね。まあ、何とかなんだろ。
「じゃあ俺が行ってきますよ」
「弥五郎!?」
桃姫様ビックリ。でもなあ、御家来衆も俺が行かねえと納得できねえ! って顔だしね。
「そうでござる。姫様、ここは伊東殿の顔を立ててやるのがよろしかろうと存ずる」
おうおう、嫌味たっぷりにへのへのもへじが。
「しかし一人では……」
そうだなぁ。船を漕ぐにも何するにも一人じゃ大変だ。
「おおい、いるんだろ? 付き合ってくれるか?」
俺は恐らく天井裏に潜んでいるであろうおなつさんに声を掛けた。すると案の定、天井裏から音もなく忍びが一人舞い降りてきた。俺の後ろに片膝をついた、灰色の忍び装束のおなつさんは、一言だけ言った。
「お供仕ります」
「そういう事なんで。あと何人か声を掛けてみますんで、ここは失礼します」
「あっ……」
俺は一礼しながらそう言って、民家を出た。さて、声を掛けるとしたらやっぱりアイツだよな。




