面白い奴。奥山孫左衛門。
あれから毎日、俺は桃姫様を鍛え上げた。剣を振るうのは桃姫様の自主鍛錬に任せ、俺が彼女に課しているのは只ひたすらに走る事だ。
数日はお城の中の馬場を走らせていたが、桃姫様の息の上がり方もだいぶ緩くなってきたあたりで、俺は次の段階へ移行した。
「桃姫様、御足を失礼します」
「えっ!? えっ!?」
ある日の朝、そう言って俺は戸惑う桃姫様の足首に革で出来た帯を巻き付けた。紐を縛ってピッタリと巻き付けられるようにしてあり、走ってもそれほど違和感はないようにしてある。
「これは……」
違和感がない?
あれは嘘だ。
その帯には小さい鉛の延べ板を差し込められるように小袋が仕込まれている。その小袋に鉛の板を入れてかるから、そこそこの重さだ。腕力を強化したい時には手首に巻き付ければいいし、中々有能な小道具なんだぜ?
「名付けて筋力強化帯! これを着けて走るのです」
「重い……ですね」
両足首に筋力強化帯を巻き付けた桃姫様が、辺りを軽く歩き回って感想を述べた。
「ただ平坦な場所を走るよりも、もっといい場所があるんですけど、お城から外に出る事って出来ます?」
「そうですね……弥五郎とおなつだけではちょっとお許しが出ないでしょうね。共の者も数名必要になるでしょう」
そうか、まあそりゃそうだろうな。
そこで、桃姫様はおなつさんに命じて、何人かの若い侍を連れて来させた。その数四人。いずれもどこぞの家の次男とか三男とからしく、歳も俺と同じくらいか少し上だな。
早朝から駆り出され、やや不満な顔をしているヤツもいるが、大体は桃姫様と行動を共に出来ると聞いて嬉しそうな顔をしている。
だがしかし。
馬は不要だバカ者どもめ。
あっ、桃姫様まで!
「桃姫様。馬はダメです! 足腰の鍛錬するのに馬に乗るとか何考えてるんですか!?」
「あっ、そうですね。これは私、うっかりでした!」
桃姫様、わざとですか? その、自分で頭コツンってやって、舌をペロって出すの、狙ってますよね?
俺を昇天させて訓練中止! とか狙ってません?
昇天しそうになるところをどうにか踏みとどまった俺は、ちょいちょいとおなつさんに手招きする。
「ん? なにかな?」
「多分、今日の鍛錬が終わったら、桃姫様の足はパンパンに張って歩くのも大変になると思うんだ。だから鍛錬のあと、温泉にでも浸かってから揉み解してやって欲しいんだよ」
幸いこの辺りにはいい温泉が多くある。温泉と揉み解しで、酷使した足の筋肉を癒してやらないと、翌日から訓練できないだろうからな。
「ああ、なるほどね。弥五郎、優しいねえ……うふふ」
ひそひそ話なので、おなつさんは弥五郎と呼び捨てだ。こっちの方が心地いいんだが、仕事は仕事、私的な事は私的な事と、頑として譲ってくれない。
「弥五郎が揉んであげたら? むぷぷ」
俺が桃姫様を揉むだと!?
「ば、ばか! お前やめろよなそゆこというのはよー! おっ、おれがももももも……」
「落ち着きなさい!」
おなつさんにペシッと頭を叩かれた。
「どうしたのです? というか、おなつと弥五郎は仲が良いのですね」
俺達の様子を見た桃姫様が微笑みながら話しかけてきた。ただし、目が全く笑っていない。怖い。
「あっ、姫様、弥五郎様がとてもお優しいのですよ」
「え? どういう事です?」
「まあ、後で分かりますよ!」
「はあ……?」
そんなよく分かっていない桃姫様をうまくあしらい、おなつさんは城門へと桃姫様の背中を押していく。上手いな。
さて、俺も行かなきゃならねえんだけど、護衛の四人に事情を話して連れて行かなきゃならん。
「えーと、皆様早朝よりご苦労様です。本日より、姫様たっての願いにより、城外での修行を行う事になりました。皆様、姫様の護衛をお願いします」
そう言って俺は四人に頭を下げる。護衛として役にたつかどうか分からない青びょうたんみたいなのばっかりだが、一人だけ毛色の違うヤツがいる。さっき言った、一人だけ早朝から駆り出されて不機嫌そうにしている男だ。
身の丈は六尺はあるだろうか。かなりの大男だ。そのくせ大兵肥満かと言えばそうでもなく、鍛えられた筋肉はしなやかそうで、かなりの瞬発力を内包しているように見える。
身なりは派手で、おおよそ城で働いているような感じではない。その色も柄も派手な着物は着崩しており、巷で増えてきているというバサラ者とか傾奇者とかいう奴か。歳の頃は俺と同じくらいか?
どちらかと言えば整った顔立ちだが、見るからに粗暴な印象を受ける。まあ、あんなナリをしてるんだから実際そうなんだろうが。
「なあ、アンタ。鍛錬とか修行なら、別に城内でも出来るだろうが。なんだってお出かけしなくちゃならねえんだ?」
そいつは首の後ろに長巻を担ぎながら、俺の方にのしのしと歩きながらそう語る。
あ、長巻ってのは太刀の柄がすげえ長いヤツだ。刀身と同じくらいの長さがある。斬る、突く、薙ぐと状況によって使い分けられる万能武器だ。
「なんでって、そりゃお外に行かなきゃできねえからだよ」
「ああん?」
何言ってんだコイツ、みたいな顔してやがるから、俺はちょっとだけ本気を出して間合いを詰めた。
「うおっ!?」
奴は突然懐に入られて驚いているが、次の瞬間顔色を失った。
「て、てめえ……」
俺は間合いを詰めると同時に、少しだけ瓶割の鍔を指で押し、柄尻をヤツの腹に当てていた。
「どうだ? 城内のお稽古で、こういう事が出来るようになるか?」
俺はこいつの目の前でニッコリと笑う。
「す……」
「あ?」
「すげえなアンタ! アンタの修行に付いていけば、俺にもそういう真似が出来るようになるかい!?」
「あ、いや……たぶん?」
不機嫌な顔を一変させて、こんどは興奮した様子で俺の両肩に掴みかかってくる。やめろよ暑苦しい。
「俺は奥山孫左衛門ってんだ! よろしく頼むぜ!」
なんとも一方的で暑苦しいヤツだが、中々面白いな。コイツのお陰で他の三人もなんだか好意的になったしな。




