賊、襲来
村に降りると、織部の爺さんは村人を集めてこう言った
「村の衆、この小僧は鍛冶屋だそうじゃ。みな、困っておるじゃろ。こやつに修繕を頼むがいいぞい」
すると、みんなざわつくざわつく。そして我先にと家に戻り、鍬やら鍬やら鎌やら鋸やら、果ては包丁から穴の開いた鍋まで、持って来るわ持ってくるわ。
「これが村の現状じゃ。貧乏ゆえ、仕事道具がこのようになっても直す事すら出来ずに使っておる。当然、野良仕事も捗る筈もなかろうて」
俺が半ば呆れ果てていると、爺さんがそんな事を言う。そして顎をしゃくって付いて来いとばかりにスタスタと歩いていく。爺さんのクセに健脚だな。
少し歩くと、古い小屋が見えてきた。小屋と言うには大きいが、ボロだから小屋と呼ぶのが相応しい気がするぜ。うん。
……いや、すまん。俺と師匠が暮らしてた小屋よりは大きくて立派です。
「開けてみい」
爺さんに促されて、俺はその立派なボロ屋の扉を開けた。
「……これは!」
その中は、紛れもなく鍛冶場だった。かなりくたびれているが、道具も揃っていやがる。少し手入れすれば、十分使えるだろう。
「村の衆の修繕を終えるまで、ここを自由に使うがいい。駄賃替わりに朝夕二回、食い物は用意しよう」
なんでこんなトコに鍛冶場があるのか知らねえけど、ねぐらと仕事の問題が一気に解決した訳だ。細かい事はどうでもいいや。
「よし、分かったぜ爺さん! 仕事はきっちりやらせてもらう!」
「ふぉっふぉっふぉ。それでこそ前原殿の弟子よな。では、頼んだぞ?」
そう言って爺さんは神社へと戻っていった。どうもあの爺さん、師匠と知り合いらしいんだが、なんだろな?
まあ、いいか。まずはここの手入れを済ませて、仕事出来るようにしなくちゃな!
△▼△
「弥五郎さーん! この鎌、すげえ切れるっぺ! あんがとうなあ!」
俺は依頼されて修繕した鍬やら鍬やらを届けるため、それらを担ぎながらあぜ道を歩いていた。すると、目敏く俺を見つけた村人その一が手を振ってきた。
「おー、そりゃ何よりだ! ちゃんと手入れはしてくれよー?」
この村に居ついてからかれこれ半月くらい経つかな? 俺が手を入れた道具達はかなり好評で、俺も随分と村人と仲良くなってる。で、修繕のついでに手入れもしっかり教えたんだ。切れ味落ちたらちゃんと刃を研げよー、とか錆びねえようにするには油塗っとけ、とかな。まあ、物によりけりなんだけどさ。
そういう事もあって、村人も苦しい台所事情だろうに、野菜なんかを差し入れてくれたりしてる。ホント、いい連中だな。
とは言っても、食うのには困らないってだけで、相変わらず着ているものはボロボロだし、娯楽もない。十五の若い体を持て余し気味な俺な訳だ。
たまに暇を持て余した織部の爺さんが碁を打ちに来たりするが、あの鍛冶バカで剣術バカの師匠が俺に碁や将棋なんざ教えてる訳もなく。
「お主、島では何して遊んでおったんじゃ……」
爺さんはそう言って呆れたもんだったよ。
夜が明ければ鍛冶仕事、夜が暮れても鍛冶仕事。鍛冶仕事の合間は剣術修行。あれ? 俺って全然遊び方知らねえぞ?
そんな爺さんも俺に碁を教えてくれたり、この辺りの情勢を教えてくれたりと、俺にとっては有意義な時間になっている。
そして今日も爺さんが俺のお屋敷にやってきた。あれから毎日朝と夕、約束通り飯を持ってきてくれる。大体、握り飯と漬物だ。汁物は村人から貰った野菜とかで適当に作ってるから、それを爺さんにもおすそ分けだ。つまり、俺はこの爺さんと毎日一緒に飯を食ってる訳だ。何だかなぁ。
「さて、一局打つかね」
食事を終えた頃には日は暮れ、外はもう月明かりしかない。皿に注いだ油に浸した芯に火を灯し、その明かりを頼りに碁版を挟んで向かい合う。この爺さん、実は俺の事、体のいい暇潰しの相手だと思ってんじゃねえか?
そんな時だ。村の何処からか、劈くような悲鳴が響き渡った。
「何じゃ!?」
「爺さん、ここにいろ!」
俺はそれだけ吐き捨てるように言うと、愛刀を手に村へと駆けた。何じゃも何も、こんな夜に悲鳴なんざ、夜盗か山賊の類に決まってんだろ!
走る。ひたすら走る。幸い今日は満月だ。月は明るい。足下も良く見える。急げ! 急げ俺!
「うぎゃああ!」
「にげろ! 逃げ――うわあぁ!」
必死に走っている間も悲鳴は止む事が無かった。それでも一人でも多く逃がさねえと!
俺はそれだけを思いひたすら走った。師匠から一本も取る事が出来なかった俺は多分弱い。役に立たないかも知れない。それでもこんないい村人達を見捨てられる訳ねえだろうが!
「みんなぁぁぁ! 鍛冶屋敷へ逃げろぉぉぉぉ!」
腹の底から叫んだ声が村中に響き渡った。俺の美声は静かな夜にはよく通る。俺の声に気付いた村人達がこっちに向かって走ってきた。よしよし、それでいい。鍛冶屋敷までいけば、織部の爺さんが何とかしてくれるだろ。
「弥五郎さん! 賊は七人もいるだ! あんたも早う逃げんと!」
「いいから早く逃げろ!」
今の男を最後に、こっちに向かってくる村人はいなかった。俺とすれ違った村人はざっと三十人程だと思う。この村には五十人程がいたはずだ。半分近くやられたか?
少しすると、月明かりに白刃を煌めかせながら走ってくる人間が見えてきた。にー、しー、ろー、七人。こいつらか。
「ああン? なんだぁてめ――」
問答無用。俺は目の前の男の問いに答える事なく、鞘から抜いた太刀の勢いそのままに一刀両断にしてやった。流石、師匠の刀はよく斬れる。まるで紙切れでも斬ったように手応えがない。
胴体と足が生き別れになった仲間を見て、残りの賊達が激高して襲い掛かってきた。
「こ、このやろ――」
うるせえよ。きたねえ声で喚くな。
「う、うわ――」
うるせえっつってんだろ。
二人とも一太刀。袈裟斬り、横薙ぎ。どっちも真っ二つにしてやった。残りは四人か。
くそ、血生臭せえ。返り血をたっぷりと浴びた俺は、賊の汚ねえ血に汚れ、怒りは百倍だ。
「おい、おめえら、一気に掛かるぞ!」
「へい!」
お頭らしき男が回りに命令してやがる。いや、こいつ、手下を捨て駒に逃げる気だろ。お頭だけ間合いが遠いもんな。
「やれ!」
お頭の号令で襲い掛かってきたのは三人。やっぱりか。
俺の剣は攻め一辺倒。受けとかそんなもんは知らねえ。だって師匠に攻撃させたら絶対勝てねえから、攻めるしかなかったんだよ。
だから、相手が向かって来ても、それより速く踏み込み、相手より速く斬る。それだけだ。
一人目、上段に振りかぶってる。遅いな。肩から下を残して斬り飛ばす。どうだ? もうその刀、振り下ろせねえだろ。
二人目、正眼の構えのまま突いてくる。甘いな。突きを屈んで躱しそのまま逆袈裟に両断。あれ? なんかこいつら揃いも揃って弱くねえか?
三人目、怯えて動けない。そうかい。ご苦労さん。上段から唐竹割りで真っ二つ。
この間にお頭は逃走を始めていた。逃がすかよ。
しかし、お頭の姿を見失う。どこだ?
付近を探すが見つからない。村人の家の中も探してみたが……いねえな。
――ガチャ、チャポン
その時物音がした。
水音……って事は、土間にある水瓶か?
「おい」
「ヒッ……」
俺の呼びかけに、短い悲鳴が聞こえた。間違いねえな。お頭のヤツだ。
「死ね」
俺は水瓶ごとお頭を真っ二つに斬り裂いた。水瓶と、奥に隠れていたお頭が、真っ二つに割れて左右に倒れていく。
「仇は取ったぜ、村の衆」
俺は太刀に付いた血を振り払い、鞘に納めると漸く一息ついた。はあ、やっぱ実戦って緊張するぜ。こいつら弱くてよかったわ。
さて、鍛治屋敷に戻るか。