どこにでも一人はいるよね、こういうの
「おはようございます、桃姫様」
朝早く食事を終わらせ、俺は二の丸屋敷の外で桃姫様が出てくるの待っていた。片膝を付き、頭を垂れて挨拶をする。昨夜、おなつさんにあんな事を言われたせいで、何だか気恥ずかしくてまともに顔が見れねえよ。
「おはようございます、弥五郎様」
「弥五郎、おはよう」
おなつさんに伴われて出てきた桃姫様にお声を掛けていただき、なんだかホッとする。でも、そっと顔を上げて見れば、桃姫様はこっちを見ないでソッポを向いていた。
ガックリと肩を落とす俺を見て、おなつさんがクスクスと笑っているような気がした。
「修練に行きます。弥五郎、稽古を付けて下さい」
桃姫様にお仕えするのは正式には今日が初めてだ。なるほど、朝食の後は剣術の稽古か。それにしても、義父殿、ちゃんと仕事内容引き継いでくれよな。
そういや、義父殿はすっかり隠居して、俺の仕事場でもある屋敷で悠々自適な日々を送っている。
というか、桃姫様、目を合わせてくれません!
何となく、居心地が悪いというか、よそよそしい空気がたまらねえ……
そして桃姫様と共に向かったのは、以前富樫なんとかと試合をしたあの場所だ。
そこでは木刀を手にした一人の男が立っていた。桃姫様を見つけるとペコリと頭を下げる。
「ご苦労様です、中村殿」
桃姫様が中村と呼んだその男、どうも見た事があると思ったら昨日宴席にいたヤツだ。そしてあの日砂浜で俺を蹴った特徴のない顔のヤツだ。似顔絵を書いたら絶対へのへのもへじになるヤツだ。
「姫様、おはようございまする。で、そこの男は何ですかな? 昨日の宴席でも見たような気が致しますが」
この中村という男、露骨に嫌な顔をして俺を見やがる。まあ、嫌な顔をしたところで所詮へのへのもへじなんだけどな。
「こちらは昨日より、爺の代わりを務める事になった伊東弥五郎です」
「……よろしくお願いいたします」
桃姫様の紹介に合わせて軽く会釈する。しかし、へのへのもへじ(もう名前覚えてねえ)から返ってきたのはすっげえ侮蔑だった。
「ふん! このようなどこの馬の骨とも知れぬ輩に姫様のお側を任せられるか! とっとと去ったらどうだ?」
「中村殿? この弥五郎は私と爺が見極めた上で仕えさせているのですよ? 今の言葉は聞き捨てなりませんね?」
ここで桃姫様からのザマァな叱責が飛ぶ。しかしへのへのもへじは尚も不満そうだ。不満そうな顔をしてもへのへのもへじだけどな。
「しかし!」
「弥五郎の腕前は中村殿も昨日見たはずです。何か不満でも?」
「あんなものは何とか躱しているところに偶然返し技が決まっただけでござる!」
ああ、なるほどなぁ。そう見えた訳か。こいつの程度は分かった。所詮へのへのもへじよな。はっはっは!
「中村殿? ならば弥五郎と一番勝負してみなさい。弥五郎もいいですね? 手加減無用です」
「「は!」」
好機来たり! 砂浜で喰らった蹴りの分、一撃に乗せてお返しする時がきたぜ!
思わず俺は笑みを浮かべた。多分獰猛な笑みになってると思うぜ? なにせ俺が好戦的になる事なんざ殆どねえんだ。
俺とへのへのもへじは木刀を持って対峙した。
「何がそんなに可笑しいかッ!」
おっと、まだ顔が笑ってたか。こりゃ失礼。でもなぁ。これが笑わずにいられるか?
「いや、済みません、もへじ殿」
「誰がもへじだ! 俺は茂平左衛門だ!」
なんだ。惜しい。
「そうですか。俺の事、覚えてません? 砂浜で滅茶苦茶蹴られたんですけど」
俺がそういうと、へのへのもへじは暫く考える素振りを見せた。そしてニタリと笑う。へのへのもへじ顔で。
「ああ、あの時の行き倒れか。それがどうした?」
「公明正大にやり返せると思いまして」
「何ィ!?」
ふっふっふ。その悔しそうなへのへのもへじ顔いいねえ!
「二人とも、おしゃべりはもういいでしょう。弥五郎、殺してはなりませぬよ? 中村殿も大切な家臣ゆえ」
「ちっ……」
「弥五郎舌打ち!?」
このやり取りでへのへのもへじは怒り心頭、顔は赤を通り越して青くなっている。そりゃそうか。桃姫様の口ぶりだと、俺が勝つのが確定してるみたいだもんな。
「それでは、はじめ!」
苦笑いを浮かべた桃姫様が、開始の掛け声を上げた。
さて、あの時俺に蹴りを入れた、自分の所業を呪うんだな。
△▼△
なんか今日の弥五郎、やけに好戦的なのよねぇ。中村様と何かあったのかしら?
まあ、中村様も姫様には忠義を尽くすお方なんだけど、ちょっと性格がねえ……他人を見下すところがあるというか。
それさえなければ剣の腕もそこそこだし、姫様の肉の盾としては持ってこいなんだけど。
あ、今弥五郎舌打ちした! やっぱり中村様に何か恨みがあるみたいね。中村様が腕が立つと言ってもそこそこだし、弥五郎が本気で打ち込んだら木刀でも即死確定だわ。
多分弥五郎はそんなに意識して煽ってる訳じゃないと思うんだけど、前の富樫の時もそうだったみたいで、天然で相手を怒らせるみたいなのよね。中村様、既に大激怒。
「それでは、はじめ!」
姫様の凛とした声が馬場に響く。
「「あ……」」
勝負は一瞬だったわね。思わずあんぐりしちゃうほど呆気ない幕切れ。
先に踏み込んだのは中村様だったけど、弥五郎はそれより数段早い足さばきで飛び込み面一本。
鉢を割られて流血した中村様が白目を剥きながら泡を吹いて倒れていた。
「だっはー!」
中村様を倒した後、弥五郎ったら拳を天に突き上げて、全力で喜んでるのよ。
「我が生涯に一片の悔いn――「やめなさい!」
何言いだすのよ危ないわね!




