自信作
今日から新年度ですね。心機一転頑張っていきましょう!
あれから毎日、俺は脇差を研ぎ続けた。
たまにおなつさんが差し入れを持ってきてくれたりしたけど、あの日以来桃姫様は来ないし伊東の爺さんも顔を出さない。
「だいぶ仕上がってきたんじゃない?」
研ぎも大詰めだ。見た目はほとんど出来上がってる。
長さ一尺、柾目肌に直刃。反りは少なめ。これと言った特徴がないのが特徴かな?
というかさ……
「おなつさん。気配を殺して俺の後ろに立つな」
「だって弥五郎さん、気配を消しても気付くでしょ? これも修行なのよ?」
「自分の修行に俺を巻き込むなよ……」
まったくもう。こっちは忙しいんだっちゅーの。
「あれ? 柄は付けないの?」
俺は今、脇差の柄の部分に紐を何重にも巻き付けている。それをおなつさんが物珍しそうに覗き込んできた。
「ああ、ホントなら付けるんだけどさ、実際に使う人が好きな拵えにすればいい訳で、俺んトコでは仕上がり具合を確認するだけだから、これでいいんだ」
そうもっともらしく言ってるが、実は柄を作ったりするのが面倒だったりするだけだ。とは言っても、大昔は柄の部分に紐や糸を巻いて実戦で使ってたって話はあるらしい。
ちょうどしっくりくる塩梅に紐を巻き付け、俺は抜き身のままの脇差を持って裏庭へ出た。当然おなつさんも付いてくる。
「あら、藁人形で試し斬りじゃないの?」
おなつさんが怪訝な顔で首を傾げている。そりゃそうだな。今俺の前にあるのは石灯籠なんだから。だけど、俺は無造作に石灯籠へ脇差を叩きつけた。
ゴツッという、脇差が石灯籠を打つ鈍い音と共に、おなつさんが息を飲む声が聞こえる。
「ちょっ! 弥五郎さん? そんな事したら……」
慌てていいるおなつさんを放置して、俺は叩きつけた後の脇差をじっくりと見ていた。
「うん、いい感じだ!」
「いいわけないでしょ!」
おなつさんに叱られた。なぜだ。
「せっかくの試し斬りなのに、石に打ち付けてどうするのよ? それじゃ刃毀れしちゃうでしょ!」
そっか、そりゃそうだ。
「ん、別に切れ味を確認したかったんじゃないんだよ。俺が打ったんだ、切れ味はそこそこいいのは分かってる。それより俺が確認したかったのは、腰が伸びてるかどうかなんだ」
刀ってのは硬いモノを斬ろうとしたり、使い手の腕が悪くておかしな斬り方をすると変形しちまう。そうならない為に、心鉄っていう柔らかめの鉄に、皮鉄っていう固い鉄を被せて作ってるんだよな。柔軟性と頑丈さを両立させるためにさ。
だけどそんな工夫も努力も、実戦で使い続けていけば変形もするし刃毀れもする。今俺が見たのは、その程度がどんな感じなのかって事なんだよ。
「脇差は補助的な武器だろ? 自分の身を守る最後の砦、みたいな。だから俺は脇差を打つ時に拘るのは、切れ味より強さなんだよ」
「ああ……なるほどだね!」
身を守る最後の砦だからこそ、折れぬよう、曲がらぬよう。それが安心感に繋がるならいいじゃないか。
それは自分も忍びとして、桃姫様を守って戦ってきたらしいおなつさんにも共感してもらえたみたいだ。
「ちょっと見せてもらってもいい?」
さすがに石灯籠を斬り付けた脇差がどうなったのか興味あるんだろう。おなつさんが覗き込んでくる。いや、ちょっと顔近いよ!?
このまま顔をくっつけられたままってのも中々クルものがあるので、俺はお夏さんに脇差を手渡した。
「ありがと。え? うそ! 結構な力で打ち込んでたわよね?」
うん、結構ガツンといった。ふふふ。
「それでこの程度の刃毀れ……それに全く腰が伸びてない?」
そう。刃毀れはちょっと研げばいい程度。刀身の変形は一切認められなかった。これは俺史上最高の業物が誕生したかもだぜ!
「ねえ弥五郎さん……」
「なにかね?」
「石灯籠、ちょっと切れ目が入ってるんだけど……?」
「ん、ああ。師匠なら斬り裂くくらいの刀打てるぞ? 俺もまだまだって事だ」
おなつさんはそれでも十分凄いと言って褒めてくれる。でも悔しいんだよなぁ。師匠には、鍛冶の腕も剣の腕も、遠く及ばねえ。でもまあ、コツコツやって行くしかねえか。鍛冶も、剣も。
「おなつさん、伊東の爺さんに二日後仕上がるって伝えてくれる?」
「ええ、分かったわ!」
それじゃあ頼むと言伝し、脇差を受け取った俺は鍛冶場へと戻った。
△▼△
いやあ、凄かったなあ。昼間の試し斬り。アレを試し斬りと言っていいのか分からないけど。
石灯籠に叩きつけても変形しない刀身。そして刃が欠けるなんて事もなく、僅かに刃が潰れてしまった程度。さらには石灯籠に深めの切り傷を付けてしまう切れ味。
あれはもしかすると姫様の小太刀以上の名刀かも。
そんな刀を打てる彼の顔つきが変わったのよね。
元からキリっとしたいい男だったけど、まだ幼さが残ってた。でも、師匠の打った剣は石灯籠を斬り裂ける。その事を口にした瞬間からよりいい感じになったのよ。そうね、一つ大人になったって言うのかなぁ? ちょっと憂いを帯びた表情なんかしちゃって。
そして何より変わった事。
弥五郎さん、夜になると裏庭にでて剣術の鍛錬をするようになったの。
演舞でも型でもなく、素振りでもない。なんて言うのかなぁ……きっと弥五郎さんの目には敵が見えているんだよね。私には見えない敵と戦っている。
これは見ているだけでも退屈しない。弥五郎さんは全て一の太刀で仕留めようとしているのが分かる。でも仕留めきれずに毎回負けているの。面白いよ?




