とある神社の爺さん
桃色美少女と別れたあと、俺は言われた通りに松林を抜けて街道へと出た。
流石に街道ともなるとそれなりに人通りもある。そこで俺はある事に気付いてしまった。
気付いた事その一。あの桃色美少女が特別だった事だ。道行く人達の様子を眺めていたが、みんながみんな可愛い訳じゃないらしい。少しホッとしたぜ。世の中あんな美少女だらけじゃ、俺の恋心が何度燃え上がるか分かったもんじゃねえ。
気付いた事その二。なんか俺の格好が粗末だ! そして汚い!
ボロで汚ねえから、みんな奇異の視線で俺を見ていくんだよ。
はじめは俺が男前だから見とれてんのかと思っちまったぜちくしょう……
そんな奇異なるものを見るような視線に耐え忍び、俺はどうにか村へ辿り着いた。
へえ~、村ってこんな感じなのか。木造りの家が点在してて、あとは、そうだな。畑や田んぼだ。でもそこらの家は師匠と暮らしてた掘立小屋よりは遥かに立派だ。
……あのおっさん、鍛冶場は立派に造りやがったくせに、生活する家は只の小屋と来たもんだ。頭おかしいだろ。
村の衆は農作業に勤しんでるな。さて、適当に声かけて、ねぐらと飯にありつける場所を聞かねえと。
「すんませーん、こんちわーっす!」
俺が声を掛けたのは、鍬を担いで歩いていた爺さんだ。中々人の好さそうな顔をしてるから選んだんだが、それ以上に作業中の人に声を掛けて邪魔するのは悪いと思ったんだぜ?
「ん? なんじゃな?」
「俺、島から出てきたばっかで右も左も分からなくてさ、このあたりで飯とねぐら、両方にありつけそうなとこないかなぁ?」
「ほっほ、そうさなぁ……そこの山のてっぺんにな、小さいが由緒のある神社があるんじゃ。そこの神主様に相談してみたらええ」
そこの山と言われても四方八方山だらけなんで、爺さんの指差した方向を注意深く見てみる。なるほど、石段と赤い鳥居が見えるな。そんなに高くないし、結構近いじゃないか。
「すまんのう、見ての通り貧乏な村でな。儂等も食うのが精いっぱいなんじゃ」
神社があるっていう山を眺めている俺に、爺さんが申し訳なさそうに言うんだ。まあ、着てる物を見ればかなり粗末だし、そんな感じはしてたよ。でも、俺の方が身なりは粗末なんだぜ?
……ああ、だから俺を憐れに思ったのか。
「いやいや、ありがとな、爺さん!」
俺は爺さんに手を振り、神社がある山へと向かった。
△▼△
鳥居を潜って石段を登る。五十段程で登り切ってしまう小さい山の上に、小さいお社が建っていた。そのお社から少し離れた所にあばら家がある。あそこに神主さんが住んでいるのかな。
そんな事を考えながら、俺はお社の前に行き二拍一礼。
(また桃色美少女と会えますように! 美味しいごはんにありつけますように!)
何を祭っているのか知らないが、とにかく神様にそうお願いした。
すると後ろから声が掛かる。
「ほう、こんな小さい神社に参拝とは、若いのに殊勝な事じゃな。して、何しにこの村へ来たのじゃ?」
振り返るとそこには、藍色の作務衣を着た白髪頭の爺さんがいた。長く伸びた白い眉毛が目を隠す程で、表情はいまいち分かりづらい。しかし、その声色からあまり歓迎されていないのは分かる。
「何しにって言われてもな……」
その質問にはなんとも答えにくい。そもそも一方的に追い出されて来たのであって、俺自身まだ何をしたいのかも分からん。まずは名乗っておくか。話はそれからだ。
「あー、俺は前原弥五郎ってんだ。今日、島から出てきたばっかりでさ……」
「前原? 島からじゃと?」
俺が名乗ると、この爺さんが驚きで目を見開いた。おお、ちゃんと目はあるんだな。
「儂はこの神社の織部というモンじゃ。すまんが、お主のその腰のモノ、見せてもらえんか?」
「ん? ああ。けど、結構重いぜ?」
俺は織部と名乗った爺さんに、腰に佩いていた太刀を渡した。
別段派手さも豪華さもない、切れ味と耐久性だけが取り柄の業物だ。近頃は打刀っていう、やや短めで扱いやすい刀が主流になりつつあるから、素人が見ても時代遅れの普通の太刀にしか見えないだろうぜ。見た目も武骨だしな。
「むう、かなりの剛剣じゃな」
織部の爺さんは、受け取るなりそう呟いた。眉毛の下の目が見開かれてるとこを見ると、その重さに驚いていると見える。
そして爺さんはスラリと鞘から抜いて、刃文をまじまじと見始めた。一頻り見終えると、太刀を鞘に戻し、俺に返してくる。
「やはりお主、刀匠前原殿の所縁の者か?」
「へえ、爺さん、分かるのかい?」
「まあ、立ち話もなんじゃ。そこの屋敷に来るがいい」
「屋敷? どこに?」
どう見てもあばら家しか見えないんだが。お屋敷どこ?
「そうか、茶くらいは出そうと思うたが。いらんならとっと帰れ」
「ああっ! 行きます行きます!」
俺は慌ててお屋敷へ付いて行った。
「お主の太刀じゃがな。刃文を見れば一目で打った刀匠が分かる代物じゃ」
へえ、爺さん、結構目が利くんだな。確かに師匠の刃文は独特だ。日ノ本広しといえどもアレを打てるのは師匠只一人だろうぜ。
「尖り互の目……と言っていいのか分からんが、波の間隔、高さが全て均一。その見た目から鋸互の目とも呼ばれておる」
その通り。師匠が打ったヤツは刃文が鋸の刃みたいなんだ。だから見る人が見ればすぐ分かる。他の刀匠が真似も出来ないから、銘すら入れてないんだ。
「ああ、あのおっさんは俺の師匠だ。で、俺も十五になったんで一人立ちしろとか抜かしやがって、島から追い出されました困ってますから助けやがれください!」
色々と口調はアレになっちまったが、取り敢えず土下座で頼んでみる。
「つまりお主は雨露を凌げる場所と日銭を稼げる仕事が欲しいと、そういう事じゃな? 付いて来るがいい」
そう言って織部の爺さんは、俺を連れて村へと降りて行ったんだ。