機能美。そして静かに燃え上がる鉄瓶人気
「どうじゃ?」
しばらく音沙汰なかった伊東の爺さんが俺の屋敷に顔を出したのは、脇差を打ち始めてから半月ほど経ったある日の事。
「これから研ぎに入るトコだ。俺はまだ未熟だからな。あと十日くらいは見ておいて欲しい」
刀匠と研ぎ師はそれぞれ独立した仕事で、刀匠の中には研ぎを専門の研ぎ師に任せるのも多いらしい。だけど、島じゃ俺と師匠の二人だけだったからな。当然研ぎも自分でやらなきゃ刀が完成しねえ。
「納得いくまでやるがいいぞい。少し、見ていっても構わんか?」
「ああ」
俺は細心の注意を払いながら、砥石の上で刃となる部分を滑らせる。
屋敷の中で鳴っているのは、シュッシュッという音だけ。
「ほう、お主の作は地金は柾目肌、刃文は直刃か。師匠とはまるで違うのじゃな」
一息入れたところで爺さんが覗き込んできて、意外そうに言った。そらそうだよな。普通は師弟や流派ってのは同じような物が出来上がるもんだ。
けど、師匠の技は俺には難しすぎた。だから俺なりに工夫したら、こういうのしか出来なくなったんだよ。
「刃渡り一尺ほどか。短めじゃな」
なんとなくだが、この脇差は爺さんが使うんじゃねえだろうなって予感がある。単刀直入に言えば、巡り巡って桃姫様の手に渡るような。まあ、願望が多く込められてはいるのは認めよう!
という訳で、一尺程にしたんだ。女の細腕でも振り回せるようにな。
「非力な人間でも速さでなんとかなるようにな。だけど、切れ味と耐久性は保証する。さすがに師匠のやつには敵わねえけどさ」
「ふぉっふぉっふぉ。お主は剣も鉄瓶も実用一辺倒で色気がないのう」
爺さんがそう言って笑う。
そう言われてもなあ。
刀は斬るもの。鉄瓶は湯を沸かすもの。それ以外の用途があるか? 刀で湯は沸かせねえし、鉄瓶で人は斬れねえ。
その道具が生まれ持った役目を果たす為に、装飾は必要かってえと、俺はいらんと思う。だから余計な事はしない。それに面倒だし、その方面の感性はねえんだな、俺には。
「じゃが、美しいな。お主の作は」
「は?」
爺さん、いきなりそんな事言うなんて大丈夫か?
熱でもある?
「おなつさーん! その辺にいるんだろ? 爺さんがおかしいんだ!」
「どこもおかしくないわい! 失敬なヤツじゃ」
爺さんとそんなやり取りをしていると、音もなく天井裏からおなつさんが降ってくる。やっぱり居やがった。
「ふふふ、弥五郎さん。伊東様は、機能美という事を仰りたかったのよ?」
「機能美?」
機能美って、アレだろ? 実用性を追求して無駄を削ぎ落していった結果、美しさが滲み出てくるみたいな。
……というか、アンタ天井裏からいつも覗いてんの?
「そうよ? 私も弥五郎さんのは美しいと思うの。だから私にも早く鉄瓶作って?」
ペロっと舌を出してあざとくおねだりするんじゃない。俺のだってまだ作ってねえんだぞ!
桃姫様に差し上げ、爺さんに差し上げ、その後は脇差にかかりっきり……
でも、自分の作ったもの、しかも何の飾り気のないものが美しいとか評価されるの、意外と嬉しいもんだな。
俺の鉄瓶で沸かした白湯が美味い。俺の打った刀はよく斬れる。それが最高にして唯一の褒め言葉だと思ってたんだ。でも、それ以外にも俺を評価してくれるのは素直に嬉しい。
「いつも真剣に作業している弥五郎さんも、素敵よ?」
やっぱいつも覗いてんのかよ! なんかそれは嬉しくねえ!
俺がおなつさんにジト目を向けると、視線を宙に彷徨わせてやがる。
「あー、ところで弥五郎」
そこで伊東の爺さんが、ポリポリと頬を掻きながら話しかけてきた。
なぜか視線を合わせようとしないのが気になるな。
「なんだ?」
俺は据わった目で爺さんを見据えた。
「そのー、じゃな……」
だから目を見て話せよ?
「おい、俺の目を見ろ」
「お主の鉄瓶なんじゃが……」
この期に及んで爺さんはまだ視線を泳がせている。
もう嫌な予感しかしねえ……
「もう一個つくっ――」
「断る! 俺の分もねえのになんで他人の作らなきゃならねえんだよ! 俺だって美味い白湯飲みてえんだよ! 作るにしたって俺の分を作った後だ!」
「えー? 私の分――」
「おなつさんは更にその後!」
「えぇ……」
おなつさんまで乱入してきやがった。つか、おなつさんはタダで作らせる気だよな?
「でも弥五郎さん、私のは本当に後回しでもいいから、伊東様のお願いを聞いてもらえないかしら?」
さっきとは打って変わって神妙な面持ちだな、おなつさん。何か事情があるって事か。
「とあるお偉方にお主の白湯を振舞ったのだが、甚くお気に召されたようでな」
なるほど、そのお偉方が俺の鉄瓶をご所望と……まあ、爺さんの事だ。考えあっての事なんだろうが。
「しゃあねえなぁ……この後はしばらく勘弁してくれよ?」
俺がそう言うと、爺さんもおなつさんも、凄く嬉しそうな顔で頭を下げてくれた。おいやめろ。居心地悪くなるわ。